悪人を愛することは、その罪まで許すことなのか。

正義と悪。加害者と被害者。愛することと、裁くこと。
その境界に立ち続けた二人の物語。
【一話はこちら】

あらすじ
他人の苦痛や恐怖を楽しみ、数々の罪を重ねてきた男・ロウソク。
そんな彼を追い続けるのは、強い正義感を持つ警察官・ソクミタ。
相容れるはずのない二人の出会いは、
やがてロウソクの中に、自分とはまったく異なる価値観を残していく。
しかし、ロウソクが歩んできた人生の裏には、
監禁、家族、復讐、歪んだ正義、
そして次の世代へ受け継がれていく傷があった。
悪人は変われるのか。
誰かを理解することと、許すことは同じなのか。
罪を犯した人間を愛することは、その罪を肯定することになるのか。
そして「正義」とは、誰かを切り捨てることなのか。
『星のはなびら1』二章を補完しながら、
『口裂けカレシ』『座敷童カレシ ILOVEラーメン』へと繋がっていく、
罪と正義と愛を描いた全四話の番外編です。
閲覧前に必ずご確認ください
『ソクミタの影』は、
犯罪・暴力・虐待・支配関係などを強く扱うダークな作品です。
一部の登場人物には、現実において重大な犯罪・加害行為にあたる言動があります。
また、加害者側の心理や人生についても長く描写しますが、
それらの行為を正当化・推奨・免罪することを目的とした作品ではありません。
「過去に傷ついていたこと」「誰かを愛していること」「反省や後悔があること」
によって、犯した罪そのものが消えるという描き方もしていません。
本作では、理解することと許すこと、愛することと肯定すること、救うことと裁くことを別のものとして描いています。
以下の内容が含まれます。
主な注意事項
・殺人、殺人未遂、暗殺
・流血、刺傷、銃撃、身体的暴力
・他者の苦痛や恐怖に快楽を感じる人物
・児童虐待、暴力的な教育
・子どもを犯罪や暗殺に利用する内容
・監禁、拘束、誘拐
・冤罪、社会的身分を奪う行為
・家庭内での暴力、心理的な支配
・配偶者や恋人への加害
・復讐、報復を目的とした殺人
・犯罪組織、裏社会
・警察や公的組織の腐敗、不正
・人体実験や人間を実験材料として扱う内容
・精神的虐待、心理操作
・自分自身を強く否定する発言
・「生まれてこなければよかった」「死んだ方がいい」などの思想
・自ら死を受け入れる、または死へ向かう行動
・死別、家族との離別
・世代をまたいで続く暴力やトラウマ
・倫理的に問題のある恋愛・執着
・性的な話題、性的な欲望に関する表現
・加害者と被害者、犯罪者と捜査側の人物の間に生まれる強い感情
・死後の世界、魂、死者との再会に関する描写
特にご注意いただきたいこと
本作には、重大な加害行為を行った人物が、その後も生き、誰かに愛され、別の人生を歩む描写があります。
ただし、それは
「愛されたから罪がなくなった」
「可哀想な過去があるから仕方がなかった」
という意味ではありません。
作中でも、罪を償うこと、裁かれること、
過去の行為を背負って生きることを重要な要素として扱っています。
また、「悪人だから傷つけてもよい」「多数を救うためなら一人を犠牲にしてもよい」
といった考え方についても、登場人物それぞれの立場から問い直します。
シリーズ作品との関係について
本作は『星のはなびら1』二章の番外編ですが、
単独の外伝としてだけでなく、荒花ぬぬ作品の複数シリーズを繋ぐ物語でもあります。
『星のはなびら1~永遠の恋と不死の星~(小説)』『口裂けカレシ(ゲーム)』
『座敷童カレシ ILOVEラーメン(ゲーム)』
などの人物・設定と深く関係しています。
特に『座敷童カレシ ILOVEラーメン』とは時代が異なり、本作から五十年以上後の世界が描かれています。
明るく賑やかな現在へ至るまでに、その人物たちがどんな過去を持ち、何を失い、どのように生き続けてきたのか。
作品世界をより深く知りたい方に向けた物語です。



全四話について
本作は、数年間にわたり少しずつ制作した全四話の作品です。
各話で視点や時代が変わり、同じ出来事も別の人物から見ることで、意味が変化していきます。
一話だけでも一つの物語として読めますが、四話まで読むことで、ロウソクとソクミタ、そしてその周囲の人物たちの物語がひとつに繋がります。
かなり重い内容を含むため、苦手な要素がある場合や、気分がすぐれない時には、
無理をせず閲覧を控えてください。
本編
【御約束山・ソクミタ】
早朝の風が、御約束山の頂を通り抜けていく。
わたし(ソクミタ)は高い木の上で、空と、人里を眺めて……世界の目覚めを静かに見守っていた。
桜の花びらが風に揺れる。森が息をしているのが伝わってくる。
春が終わろうとしている。
静かで、やさしい時間だった。
今日は休暇をもらっている。……それでも、パトロールには出るつもりだ。
木から降りる。ふわりと大地に触れる。
山道を歩き、本殿の前を通り過ぎる。整った砂利道を進み、鳥居をくぐると……
馴染みのある声が、春風に混ざって届いた。
にいすい「ソクミタ兄さん、今、話せる?
今日、休みだって聞いてたから……会いに来たんだ。」
ソクミタ「ああ、久しぶりだな、にいすい。その表情……なにか相談事があるのか?」
わたしの正体は、御約束山そのもの。
わたしがこの地に宿る限り、この山は息をし続ける。
この山は、自然と神秘の力に満ちている。植物や動物だけでなく、妖怪や精霊までもが生まれるくらいに……。
にいすいもそのひとり。
彼はこの山から生まれた妖怪だ。頭から生えている梨の葉っぱが、ふわふわと風に吹かれて揺れている。
彼らは、わたしの魂を分け与えられた兄弟のような存在で……人間から見れば、神の使いと呼ばれるような立ち位置だろう。
にいすいは、座敷童(ざしきわらし)という妖怪だ。座敷童は空からポンッと落ちて生まれ、最初から大人の姿をしている。生まれながらに、人を幸せにする使命を持っている。彼はいま、美術学校の校長として、人々の幸せを見守っている。座敷童たちは週に一度、集会を開いて使命感を共有し、支え合っているらしい……真面目で、優しい種族だと思う。
ふたりでベンチに腰かけると、にいすいが勢いよく話し始めた。
にいすい「聞いてよ〜、最近生まれた座敷童を僕が面倒みることになったんだ。でも、どうしたらいいのか全然わかんなくてさ……。何をあげても、どこに連れて行っても無関心で、ずっと下向いててね……。渾身のギャグも、鼻で笑われたんだよ。兄さんはどうやって僕を育てたの?聞かせてほしい。」
ソクミタ「どうやって……と言われてもな。山で自由に遊ばせていただけだ。……覚えてないのか?」
にいすい「まぁね、何十年も前のことだし……まさか放置してたわけじゃないよね?」
ソクミタ「そ、そんなことはない。はははッ。
……美味しいものをたくさん食べさせていたな。果物や木の実、きのこ……。
ああ、でもきのこを食べるときは気をつけろ。お前、一度しにかけたんだ。……あの時は悪かった。」
にいすい「えっ!?いや、今さら気にしないけど……。
美味しいもの、かぁ。確かに大事だよね。
でも、その子は食べることにも興味ないみたいでさ。レストランでも一番安い料理を選ぶし、お子様ランチにも無反応。僕は居酒屋好きだけど、あの子にはまだ早いかなぁって……。
兄さんはどんな料理が好き?感動した料理とか、思い出の味とか……ある?」
ソクミタ「……わたしの場合は、ラーメンだな。」
にいすい「ラーメン?そういえば、ラーメン店は、連れてったことなかったかも。僕は毎晩の締めで通ってるけど。
……マリリン、ラーメン好きかなぁ。
あ、そうだ!もうひとつ話したいことがあって!」
ソクミタ「ん?」
にいすい「学校でも街でも、もう人間のフリするの限界なんだよね……。
メイク頑張ってるとか美容意識高いとか、老けない体質とかって誤魔化してきたけどさぁ……もう、おじいちゃんだし、無理がある。皆、僕のこと怪しんでるんだけど……、それでも、妖怪なんだってカミングアウトするのは怖くてさぁ……!」
ソクミタ「なるほどな……にいすいが妖怪だって、噂を流してやろうか?「実はあの噂、本当なんだ」って話しやすくなるだろ?♪︎」
にいすい「それ、いいアイデアだけど……変な噂は流さないでね?」
ソクミタ「例えば?」
にいすい「梨の妖怪とか、怒ると鬼になる妖怪とか、泣き虫の妖怪とか!そういうのだよ……!」
ソクミタ「……どれもお前らしいだろ。自信を持て!」
にいすい「兄さん、それ褒めてないからね?」
ふたりの笑い声が、森に響いた。
ーーー
人生相談も終わって、
ふたりは木の上に座り、風に揺られながら話していた。
ーーー
にいすい「兄さん、ラーメンって言ってたけど……何か特別な意味があるの?」
ソクミタ「ああ。……ロウソクと食べたんだ。あの時は、心配かけた。」
にいすい「……あの時も、その後も心配したよ。でも、兄さんは強いし、不死身だし。大丈夫だって信じてる。」
ソクミタ「その時のこと、話してもいいか?」
にいすい「……いいの?兄さん、いつも誰にも言わないって顔してるのに?」
ソクミタ「今日は、話してみたい気分なんだ。
お前なら受け止めてくれると思うから。
……海での、あの時みたいに。」
にいすい「……もちろん。そのつもりだよ。」
ーーーー
ーーー
ーー
ハル探偵事務所(ロウソクを救出し、帰宅した直後)
ーー
ソクミタはロウソクの上半身を起こして、抱きしめた。体温が伝わって、…ロウソクの瞼がぴくりと動いた。
ロウソク「…?」
ソクミタ「…ああ、良かった!見ろ、目を覚ましたぞ!!」
ソクミタは、少し離れたところから見守っていたポポタマスとベーゼ、ハルの方を見て、喜んだ。
抱きしめられているロウソクは、状況を把握できず、狼狽え(うろたえ)ながら「お前誰だよ、気安く俺にさわ…」とソクミタを引き剥がした。「んなよ…」言い終わると同時に、その顔を確認した。
ロウソク「ソクミタ…!?!?!?いや、ソクミタがいるわけねぇか。夢か。しかしこんなにも近くにソクミタがいるなんて、最高の夢だな。」
ロウソクはニヤニヤしながらソクミタに手を伸ばしたが、ソクミタは「触るなッ」とその手を叩いて払った。
ロウソク「は?好きにできないのかよ。つまらない、痛めつけて泣かせてやろうと思ったのに。どうせ悪夢だ。……ッな、なんだ!?」
ソクミタはロウソクに近付いて、顔をじっと見つめはじめた。
至近距離で見つめられて、ロウソクは赤面して困惑しはじめた。
ロウソク「…は?何だ?見るなよ…これは、なんだ…。?…夢だよな?」
ソクミタはロウソクの手に自分の手を重ねて置いた。
ロウソク「何!?ソクミタが俺に触るなんて、おかしいだろう、おかしい。こんな夢ははじめてだ。クソッ…汗のにおい…いい匂い、頭がまわらねぇ。」
ソクミタは「夢かどうか確かめてみるか?」と微笑んで、もう一度、ロウソクを抱きしめた。
強く抱きしめる。ぎゅっと密着して、感触と体温が伝わっていく。それから、ゆっくりと体を離した。
ソクミタ「…ふふ」
ロウソク「…!?」
ソクミタ「さぁ、準備は整った。警察署に行くことにしよう。ロウソクも一緒に来るんだ、力を貸してくれ。
お前がきちんと裁かれる、健全な世の中にするために、立ち向かうんだ。わたしがそこへ、送り届けてやる!さぁ、出発だ!」
ハルとベーゼが、慌てて駆け寄ってきた。
ハル「待って待って!ロウソクさん大丈夫?急に抱きしめられたから、びっくりして気を失っちゃったみたいだよ!」
ベーゼ「白目剥いてるぞ。おい、しぬんじゃねぇぞ!」
夢じゃないと実感し、キャパオーバーしたロウソクは、笑顔で、気持ちよさそうに気絶している。
ソクミタ「なんだって!?や、やはり、まだ体調が優れないのか、もしかして腹も減っているのか?おい、しっかりしろ、目を覚ませ!」
慌てているソクミタを見て、…ポポタマスはなんだか楽しそうにしていた。
ポポタマス(一途だなぁ…♪)
ーーーー
ーーー
ーー
その後
ソクミタは、雲に覆われた夜空の下、ブロック塀の影を伝うように、足音をころして進んでいた。街灯に照らされたカーブミラーが、ぼんやりと光っている。
周囲を確認してから、もう一度走り出す。
車の後ろに身を潜め、息をひそめて様子をうかがう。
今にも雨が降り出しそうなジメジメした空気。パトカーの赤色の明かり、人々のざわめき。
自分の荒い息遣いと心臓の音。
ソクミタ「くそ、見つかるのも時間の問題か……?」
手の甲で汗をぬぐった。
ソクミタの背には、眠るロウソクの体重がのしかかっている。重たさに、腕も足も限界だった。
……ハルとベーゼ、ポポタマスたちは、「え?もう少し休んだ方がいいと思うよ!」「泊まっていけば?」「遠慮するんじゃねぇよ!」とソクミタを引き止めた。
しかしソクミタは感謝を伝え、これから警察署に向かうと告げて、すぐに家を後にした。
胸ポケットには、綾小路研究所の悪事を記録したメモリ機器がある。それを武器に、逆境に負けず立ち向かい、警察組織を立て直すつもりだ。そしてロウソクにも、新しい時代をつくる仲間として協力してもらうつもりだ。
……しかし今、ソクミタは警察署には向かっていなかった。
住宅街を離れ、車も街灯も少なくなっていく。
彼は「誰にも見つからない場所」を探していた。
最初は三人に甘えて、数日だけは泊まるつもりだった。その後すぐに警察署へ行き、問題を片付けるつもりでもあった。
しかし……目覚めたロウソクの姿を見た瞬間、どうしても二人きりで話したくなってしまった。
もう、自分の気持ちを抑えきれなかったのだ。
田んぼ道まで移動して、ソクミタは立ち止まった。頬に水滴がこぼれる……雨が降ってきた。
ソクミタ(今は、今だけは……人間として行動しなくてもいいか……。)
ソクミタが夜空に祈り、目を閉じると……
自然の力がふたりの姿を、夜の向こうに隠した。
目を開ける。
そこは、御約束山(おやくそくやま)の鳥居の下だった。灯籠の明かりと、ふわりと浮かぶ不思議な火の玉が、ソクミタのまわりを照らしている。その光を頼りに、木々に囲まれた砂利道を進み、本殿へ向かった。
灯籠の明かりが揺れるたび、ソクミタの瞳に映る光もまた、ユラユラと揺れている。
ただいま……なにも言わなくても、森は分かっている。
言葉を無くした神聖な風が、肌に触れていく。木々の葉が風に揺れる。まるでふたりを雨から守るように。
……沈黙の中、ゆっくりと息をしながら進む。
固く閉ざされているはずの本殿の扉。
ソクミタが近づくと、「おかえりなさい」と言うように、ひとりでに開いた。
足を踏み入れると、その空間はやわらかくきらめき……
ソクミタの自宅の姿に変わっていく。
実際に家へ戻ったわけではない。ここは、ソクミタのために用意された「神聖な空間【永約ノ間】」だった。
靴を脱いで、リビングに入る。ソファにロウソクを寝かせると、まだむにゃむにゃと楽しそうに夢を見ていた。
長い髪が頬に貼りついている。少し雨に濡れたせいだろう。
顔を近づけて、指先でそっと髪を払う。
その瞬間、まつ毛がかすかに動いた。
ロウソク「……ん?」
ロウソクは目を開けた瞬間、目の前のソクミタに気づいて……「うぉおわ!!」と叫び、ソファから転げ落ちた。
テーブルに頭をぶつけ、床の上でひっくり返る。慌てて起き上がり、頬をつねって、……笑いはじめた。
ロウソク「ははは……おかしいだろ、まだソクミタが目の前にいるなんてよぉ……夢からさめられねぇ……俺、もう本格的にくるっちまってるな。現実と夢の区別がつかねぇ……いてっ!クソッ!」
ソクミタ「やめろ、腫れるぞ。」
ソクミタはロウソクをソファに座らせる。それからロウソクと向かい合い、手をとり……そっと握った。
ソクミタ「ロウソク、現実だ。わたしは本当にここにいる。
……ほら、手を見ろ。温かいだろ?
夢じゃない。だから、落ち着いてくれ。
……お前と、話がしたいんだ。」
ロウソク「……ぁ?はは……。」
ロウソクは頭を抱え、うめくように笑っている。
ロウソク「そ、ソクミタ、お前と話せんのは嬉しいけどよぉ……はは、マジでわけわかんねぇ。
お前に捕まって、パトカーから降ろされて、独房にブチ込まれて……あ?そのあと?そのあとなんだ?……思い出せねぇ。ここどこだよ。
お前と二人きりって……?」
ソクミタ「お前は独房で倒れたんだ。何者かに呪われていたらしい……。研究所で実験体にされて、ころされるところだった。だから、わたしが助けた。
警察組織はもう崩壊している……。だが、これから立ち向かって、わたしが立て直してみせる。お前の力も借りるつもりだ。
本当はこのあとすぐに警察署に連れていくつもりだった。だが、その前に……お前と二人きりで話がしたくて、ここに来たんだ。
ここは、御約束山の永約ノ間(えいやくのま)だ。」
ロウソクは半ば上の空で、聞くつもりもなさそうな顔のまま、ソクミタの手を握っていた。
……そのぬくもりで、不安をごまかしているようだった。
ソクミタ「わかったか?」
ロウソク「知るか。聞いてなかった……あ~、頭いてぇ。」
ソクミタ(……もどかしいな。)
(今、このまま言葉を重ね続けても、きっと困惑させるだけだ。)
(それでも、わたしは今すぐ、この気持ちのすべてを、……伝えてみたいんだ。)
ロウソクの遺書を思い返す。
【俺は、生まれてこなければよかったんだ。そうすれば、本物の愛情を知れたのだろうか。
ソクミタなら、言ってくれるだろうか。
生きている意味がない人間なんていないって。
生まれてこなきゃよかったなんて、二度と口にするなって。
ソクミタなら、言ってくれるだろうか。】
(ああ、言ってやるさ。)
(わたしの求めている「本物の正義」なんて、どこにも存在しない。わたしの正体がどれほど神聖なものであっても、関係ない。いつも正しい判断をし、すべてを救うことなんてできない。それが、人の心であり、この世の理だ。)
(人の心は、移ろうものだ。お前が求めている「本物の愛情」も、この世界にはきっと存在しない。愛は形にできない。証明もできない。だからこそ、誰もが迷いながら、それが本物であると、信じようとしているだけなんだ。)
(無いものを求め続けても、虚しいだけだ。)
(それでも、わたしは……お前に出会って、初めて、愛がどういうものかを、痛いほど感じたんだ。)
(お前を救えるのは、わたしだけなんじゃないかと思った。
いや、違うな……。
「わたしが」
「わたしの手で」
お前を救いたいと思ったんだ。)
(お前を救うためなら、どんな困難にも立ち向かえる気がする。もっともっと、強くなれる気もする。迷うこともないだろう。お前はわたしに、正義の心を教えてくれたんだ。)
(だからこそ、お前の存在が、愛おしくてたまらない。)
(お前が抱えている孤独と罪。お前は、自分の心は汚れていて、生きる意味なんてないと思っている。
お前の気持ちは痛いほど伝わる……しかし、わたしはお前のその罪を「許す」とは言えないんだ。共に堕ちることもできないんだ。
わたしは、お前にとって最後まで光の存在でありたいから。
……だから、その一線だけは、超えられない。超えてはいけないんだ。)
(そうだ、だから。ずっと一緒にはいられない。)
(それでも、どうしても、お前の人生を受け止めてみたい。お前の心に触れてみたい。)
(お前が裁かれ、二度と会えなくなる前に。)
(この気持ちを伝えてみたい。)
(そしてわたしの手で、教えてやりたいんだ。)
(お前は今、
心から愛されているということを。)
ロウソク「俺は独房にいたはずなんだ……だからこれは夢だ。夢に決まって……。」
ロウソクは無意識なのか、まだわたし(ソクミタ)の手を握り続けていた。落ち着かない様子で視線を泳がせ、指先は震えている。ボロボロになった爪が、彼の心の荒れを物語っていた。
ソクミタ「ロウソク……わたしを見てくれ。」
ロウソクは、ため息まじりに、面倒くさそうに顔を上げた。その瞬間、わたしは迷いなく、その頭をがしりと引き寄せた。
距離が一瞬で消える。息が触れるほど近い。
ソクミタ「……こんな気持ち、知らなかった。お前が教えてくれたんだ。」
言葉の余韻ごと、唇を重ねる。
震える彼の息……熱く、確かに伝わってきた。
好きでたまらなくて、我慢することが罪みたいに思えたんだ。理屈も立場も全部どうでもよくなって、ただロウソクに触れてみたかった。
腕を背中にまわし、強く抱きしめた。ロウソクもためらいながらも、………………同じように手を伸ばしてくれた。
ふたりの呼吸が重なる。言葉を失ったまま、互いの鼓動だけが響いていた。
世界が、ふたりだけのために止まっているようだった。
……顔を離して見たロウソクは、頬を真っ赤に染め、涙で瞳をにじませていた。
もう、あの頃のような鋭さはない。銃もナイフも似合わない。あの恐ろしかった目が、いまは……誰よりもまっすぐに、健気にわたしを見つめていた。
その不器用な眼差しが、
……胸を締めつけるほど愛おしいと思った。
ーーー
……風呂上がり。わたしはタオルで自分の髪を拭いたあと、ドライヤーを片手に、ソファに座っているロウソクに近付き、後ろから声をかける。そして、ロウソクの髪を乱暴にわしゃわしゃとかき回した。ドライヤーの風に髪をなびかせながら、ロウソクは終始ニヤニヤしている。
ロウソク「ソクミタ。お前、正義の味方のくせに……案外、タチが悪いな。想像していたお前と、なにもかもが違う。悪人の俺を可憐な少女扱いしやがって。シラフなんだよな?どうかしてる。」
ソクミタ「どうかしてんのはお前だ。自分が可愛いってことに気が付いてないのは、タチが悪いな。」
ロウソク「は?ねぇよそんなの。」
ソクミタ「可愛いだろ。今の顔、鏡で見てみるか?」
ロウソク「……お前、マジでいかれてるな。」
(その言葉とは裏腹に、ロウソクは嬉しそうだ。)
ドライヤーを片づけて、ロウソクの隣に腰を下ろす。ロウソクは大きなあくびをして、肩の力を抜いていた……乾かしたばかりの髪が少し乱れているのに気づき、前髪を指で整えようと手を伸ばした。
触れた瞬間、ロウソクがピクリと肩を震わせ、顔を真っ赤にした。
ロウソク「いきなり触んなよ……。」
ソクミタ「油断してるほうが悪いんだろ。」
ロウソク「……。」
強がって、気持ちを誤魔化している彼の髪を整え終えて、……わたしは立ち上がった。
ソクミタ「ロウソク、そろそろ行こうか。」
ロウソク「ああ。早く行こう……、警察署。協力させてくれよ。
俺は裏社会の情報なら山ほど持ってる。綾小路研究所のことも、警察の内部も。役に立ってやるさ。罪滅ぼしのためじゃねぇ。お前のため、ってのも違う。
きっと俺自身が、「ソクミタの正義」ってやつを信じてみたくなったんだ。
俺がお前に捕まって、堂々と裁かれる世の中。そんな当たり前のことが、当たり前に通る世界……それが、俺にとっての幸せなんだと思う。だから、できることは全部やる。
今度こそ、自分の手で終わらせたい……。」
……声は静かだが、決意がにじんでいる。しかしわたしは……
ソクミタ「いや、警察署にはまだ行かない。」
と、首を振った。
ロウソク「はぁ?はぁ??ぁ、じ、時間つぶしてる余裕ねぇだろ!?お前、怪しまれて……全部失敗したらどうするんだ!?お、俺は……!」
ソクミタ「時間をつぶしているわけじゃない。やるべきことに優先順位をつけて、順番にやっているだけだ。」
ロウソク「……優先順位?(笑)。面白いことを言う。……ベッドの上で1時間以上過ごした気がするが?アレもソクミタの業務内容に入ってることだったのかよ?優先順位もクソもねぇだろ。わかんねぇから教えてくれよ、正義の味方さんよぉ(笑)」
ソクミタ「ああ。なによりも重要なことだった。お前に、わたしの愛情を感じてほしかったんだ。正義の味方として、必要なことだった。」
ロウソク「……お、お前なぁ……本気で言ってんのかよ……。」
ソクミタ「今日のことを思い出せば、お前は二度と……生きている意味がなかったなんて、思えないはずだ。わたしは満足している。
……それにどうせ、我慢できなかった。包丁を持っていないお前は、……無防備すぎる。ふふ。」
ロウソクは玄関の方へ向かい、あきれたように笑いながら、靴を履きはじめる。
ロウソク「……真面目なのかふざけてるのかわかんねぇな。……で?どこ行くつもりなんだ?報道も出てるんだろ。どこ行っても捕まるってのに。」
ソクミタ「腹、減ってるだろ。お前に何か食わせてやりたいんだ。人間の目なら、わたしの自然の力で誤魔化せる。心配するな。」
わたしもロウソクの隣に移動し、靴を履く……。
ロウソク「はぁ……まぁ、腹は減ってるけどな。」
玄関扉を開けて外に出た瞬間、朝の光が差し込み、御約束山の景色が広がる。
ロウソクは目を見開き、思わず振り返った……そこにあるのは、荘厳な本殿。現実の住宅、街ではなかった。
ロウソク「ソクミタ……マジで人間じゃなかったのかよ。まぁ、薄々は気づいてたけどな。
瞬きと息遣いが作り物っぽいというか、不自然で、次の行動と感情が読めないんだ。急所刺しても生きていた時点で、おかしいと思っていた。……お前、人間のフリ下手だろ?」
ソクミタ「下手なのは否定しないが、お前と出会う前は、普通の警察官として誤魔化せていたんだ。……お前に会ってからは、それができなくなった。もう誰も、わたしが人間だなんて信じてくれないだろう。」
ロウソク「……で、結局なんなんだ?この神社の妖怪か?怪異か?幽霊か?」
ソクミタ「山だ。御約束山そのものだ。」
ロウソク「……山!?わけわかんねぇ……。俺、山と……!?い、いや、考えないでおこう。」
朝の山道を歩きはじめる。冷たくて、澄んだ風が頬をなでた。
ロウソクと、分かり合えた。
カラカラ……と、風の音に混じって、灯篭のそばで小さな風車が回っている。きっと、子どもの妖怪が置いていったのだろう。
……別れは、もう近い。
わかっている。強く、切なく回るそれを見つめながら、胸が、痛いほどに満たされた。
二度と会えない。
もう、会えないんだ。
わかっているのに、まだ心が追いかけてしまう。
風が、わたしの弱さを笑っている。
ロウソク、お前の言う通りだ。
わたしは人間のフリが下手だ。
だって、「フリ」なんてする余裕がないんだ。
お前を思う心だけは、どうしても隠せない。
お前が見ているわたしは、裏も表もない。
これが、……わたしのすべてなんだ。
ソクミタ「何が食べたいんだ?」
ロウソク「……ラーメン。」
ソクミタ「ラーメンか。いいな。ラーメンにもいろいろあるだろ。醤油とか、塩とか……どれにする?」
ロウソク「……。」
ソクミタ「迷ってるな。じゃあ、わたしが決めてやる。ラーメンは味噌が一番うまいんだ。濃厚で油まみれのやつ♪︎チャーシューは多ければ多いほど良い。それから唐揚げと、チャーハンと、ギョウザも必須だな。」
ロウソク「お前、味噌ラーメンが好きなのか?」
ソクミタ「ああ。」
ロウソクの表情が、ふっとゆるんだ。見慣れない、無邪気な笑みが浮かぶ。
人里に降りても、誰もわたしたちの正体には気づかない。ラーメン店に入っても、ただの客として迎えられる。秘密も正体もない。ふたりは、ただの人間にしか見えない。
ロウソク「こんなにチャーシューが乗ってるラーメン、初めて見た気がする。チャーハンもギョウザも、唐揚げまで……ははは、お前、けっこう食うんだな。しかも味噌ラーメン二杯って……。」
ソクミタ「動くことが多いから、燃費が悪いんだ。ほら、「いただきます」しろよ。」
ロウソク「……い、いただきます。」
ロウソクはぎこちなく手を合わせた後、長い髪を束ねて、リボンでまとめた。箸を割る音が、やわらかく響いた。
……スープをひとくち。それから、美味しそうに麺をすすりはじめた。
湯気の向こう。涙ぐんだ瞳を見て……。
わたしは思わず、独り言のように呟いた。
ソクミタ「今だけは、この星が……わたしとお前のために回っている気がする。」
ロウソクはその声を聞き逃さず、小さく笑って「……そうだな」と答えてくれた。
味噌の香ばしさが鼻をくすぐる。笑いと涙が溶けていく。
ーーーー
ーー
ー
その後。ソクミタとロウソクは警察署へと向かい、警察組織に立ち向かった。
ソクミタを信じ、帰りを待っている警察官が多くいた。ソクミタは孤独ではなかった。
ロウソクは知っていることを全て話し、裏社会を駆け回って、新しい時代を作ろうとするソクミタ達に協力した。
…警察組織は改心し、綾小路研究所は解体された。
そしてソクミタはもう一度、ロウソクに手錠をかけた。パトカーが止まっており、ロウソクを待っている。ソクミタはこれから新しい事件を調査しに行く。夕焼け空を背に、二人は最後の言葉を交わした。
ロウソク「ははは、ソクミタにもう一度手錠をかけてもらえるなんて、幸せなことだ。」
ソクミタ「相変わらず、変わってるな」
ロウソク「裏社会の闇はまだまだ深い。だが、お前ならやれるさ。」
ソクミタ「ああ、ありがとう。」
ロウソク「頑張れよ、ソクミタ長官♪」
ソクミタ「肩書きなんて何でもいい。だが、警察官に戻ることができたのはよかった」
ロウソク「そろそろ行けよ。じゃあな。ありがとう」
ソクミタ「ああ、またな」
ソクミタは駆け出し、ロウソクはパトカーに乗った。
二人はその後、二度と会うことはなかった。
しかしロウソクは、ソクミタと力を合わせて戦った日々と、ふたりで食べた味噌ラーメンの味を忘れることはなかった。
ーーーー
ーーー
ーー
【御約束山 ソクミタ・にいすい】
ふたりは木の上に座り、風に揺られながら話していた。ソクミタが心の奥に秘めていた、素直な気持ちと……秘密の思い出話。
にいすいは最初、真剣に聞いていたのだが……。
ソクミタ「とにかく、ロウソクは愛らしかったんだ。はじめてってことはないだろうに、ずっと顔を背けていて、素直じゃなかった。わたしを〇そうとしていたときは、あんなに挑発的だったのに。……ずっと弱々しくて……。それから……ロウソクは、……わたしは、そして……」
にいすい「ごめん!ちょ、ちょっと待って!一回ストップ!」
ソクミタ「ん?」
にいすい「思い出話の八割が下ネタなんだけど!?警察官と○人犯の……いや、別に……ひ、否定はしないけどさ!ずっとその話されると、ちょっとね?心の準備が追いつかないから……。」
話すのが楽しくて、夢中になっているソクミタは、にいすいの突っ込みをスルーして気にせず話し続ける。
ソクミタ「……それから、時間が経つにつれて、あいつもノッてきてな。その様子を見たら、わたしも更に……それから、それで……」
にいすい「……(無言)」
ソクミタ「おい、寝るな!人の話は最後まで聞いた方がいい。」
にいすい「兄さん……受け止めるって言ったけど、本当に困るよ。そういうこと、真面目な顔で言うの……!!!」
ソクミタ「〜で、……それで、……だ……という思いもあって。とにかく、いい夜だった。そういうこともあって……それで……だから、わたしは警察官をやめようと思うんだ。
今すぐではなく、世の中や人々が困らないように、年月をかけて少しずつ準備をしていくつもりだ。今のわたしの存在は、いつか風に溶かして……新しい人生を探してみようと思う。」
にいすい「えっ!?な、なんて!?も〜、重要なことをサラッと言うの、やめてよ!」
ソクミタ「……今も、あいつに会いたいんだ。この星には死後の世界がある。だが、わたしは不死身の存在だから……待っていても、永遠にあの場所へは行く機会はないだろう。
二度と会わない、会えない。そういう結末だ。この世の理に則って、そう決意したはずだった。
……それでも、それでも。あいつにもう一度会いたい。今さら会いに行っても……あいつは笑ってくれるだろうか。」
にいすいは、兄の横顔を見つめ、ふっと微笑んだ。
にいすい「……兄さん、ほんとに不器用だよね。不思議な力、いっぱいもってるのに♪︎」
彼は優しく肩を叩いて、少し遠くを見つめた。
にいすい「僕たち座敷童は現世の妖怪だし、死後の世界のことなんて、さっぱりわからないよ。どんな場所なのかも、見たことないし。聞いた事くらいはあるけどね。兄さんも……行ったこと、ないんだよね?」
ソクミタ「ない。この星には、この星の理(ことわり)がある。人には人の、生と死の循環とからくりがある。わたしは、それを壊してはいけないと思い続けてきた。わたしなら実際は越えられる境界だが……人として守りたかったんだ。」
にいすい「うん……。でも、行くとしても、きっとまだまだ先でしょ?僕も少し調べてみるよ。焦らなくていいと思う。ほら、兄さんって、思い立ったらすぐ行動するタイプでしょ?何かするときは、僕にもちゃんと相談してね?ぜったいだよ、約束!」
ソクミタ「……ああ。約束しよう。」
にいすいは、安心したように立ち上がり、遠くの空を見つめながら、ゆっくりと語りはじめた。
にいすい「……兄さんさ。警察を立て直して、ずっと戦い続けてきたよね。誰にもできないことに挑戦して、たくさんの人を救ってきた。あの頃より、ずっと平和になった。だから僕も、兄さんみたいな正義の味方とか、リーダーとか……そういう存在に憧れてるんだ。」
にいすいは、柔らかく笑って続ける。
にいすい「でもね……兄さんの力の源って、世界を救いたいとか、そんな大きな夢じゃなかったと思うんだ。
たった一人を心から愛してた……その気持ちこそが、兄さんを動かしてたんだと思う。
兄さんは、ロウソクが残したパズルの欠片を、一つひとつ拾い集めてきたんだよね……絵は未完成かもしれない。それでも、兄さんはそれをいつか渡すために揃えてたんだと思うよ。」
にいすいは目を閉じ、少しだけ声を落とした。
にいすい「兄さんは、……禁じられた恋しちゃったなって思ってるんだよね。
……神様も、こんな風に人間を好きになってしまうんだなって……僕は恋愛経験まだないし……、兄さんを見てると、不思議な気持ちになるんだ。
兄さんは、どんどん人間に近づいていく。もっと、やわらかくなっていく……僕はそんな兄さんのことも好き。
だから、自分の気持ちに正直でいていいと思う。
どんな道を選んでも、兄さんなら大丈夫。」
ソクミタ「ありがとう。お前はいつも、まっすぐで頼もしいな。……話の続きをしてもいいか?」
にいすい「い、いいけど……。」
ソクミタ「その後、ふたりで風呂に入ったのだが、その時ロウソクが……」
にいすい「も〜、まだ下ネタ続くの!?」
もういいよ!また今度ね!と、にいすいは軽く笑って立ち上がった。
ソクミタは満足そうにその背中を見送り、静かに手を振った。
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永遠なんて、どこにもない。本物も、偽物も、答えも。すべては、変わり続けていく。そして万物は、やがて風に流され、溶けていく。
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【回想(ロウソクと別れてから数年後)】
磯の匂い。冷たい海風。波の音が、遠くの悲しみを運んでくる。
ソクミタは不死身の○人鬼「ゆうぎ」と「しんげつ」を追っていた。連日の報道は熱を帯びていたが、映し出されるのは「救いのない現実」ばかり。
……ふたりを追う、ソクミタと警察官の仲間たち。しんげつ(ゆらめき)が、ロウソクの実の息子だという情報を、ソクミタは掴んでいた。仲間をひとりも失いたくなかった。それでも彼を信じる者たちは、ソクミタの背中に続き、銃を握りしめていた。
ついに決着がついた。心配したにいすいが家を飛び出し、最終決戦の場……海岸にたどり着いたときには、もう遅かった。
倒れた仲間たち。砕けて、散乱した銃弾。
サイレンの音が、海の向こうで泣いている。
凍える嵐の中。
壊れたトンネルを抜けた先で……
にいすいはひとり、波打ち際で崩れ落ちる影を見つけた。
にいすい「兄さん!!!」
駆け寄り、抱きしめる。その体は冷たく、指先まで震えていた。
ソクミタ「……あぁ。
……みんな、死んでしまった。
どれほど祈っても、どれほど願っても……届かなかった。
自然の理を操ることも、魔法を支配することもできる。この身は不滅だというのに……どうして、ひとりも救えなかったんだ。」
壊れた声が、波に溶ける。
ソクミタ「この世は、なぜ……生を望む者から、それを奪っていくのだろう。
わたしは「神」だ。
……それなのに、誰の悲しみも終わらせられなかった。
ロウソクの前ではあんなにも自由になれたのに。
今のわたしは……ただの人間のままに、立ち尽くしているだけだ。
……あいつの前では、わたしは「神」にも「人間」にもなれたんだ。
永約ノ間にも招き入れた。あいつは人間なのに……わたしは何も恐れず、禁忌を破った。
でも、今は……「人間」としてしか動けなかった。」
その言葉に、にいすいが小さく震える。
ソクミタ「……にいすい。わたしは、ロウソクを失ってから、ずっと迷っていたんだ。
きっとあの時の勇気も、理由も、どこかに置いてきてしまったんだ。
それでも戦おうとした。戦わなければいけないと思った。
……だが、できなかった。神としての力を使うことが怖くなった……。
もう、誰かを救うために奇跡を使う資格なんて、ない気がして……。」
にいすいは、震えるその背を抱きしめる。
ソクミタ「ロウソクは、もうこの世にはいない……それなのに!!
……わたしはまだ戦っている。
どうして!?
何のために!?誰のために!!??
……そのことが、寂しくて、痛くて、たまらない。
こんなわたしに……手を合わせる意味なんかあるのか。
ああ、にいすい……わたしを止めてくれ。壊したっていい。
この世界を閉じ込めてしまいそうなんだ。
誰も悲しまない楽園に、すべてを……この手で……。」
にいすい「……大丈夫。兄さんは、そんなこと、できないよ。優しい神様だから。そうでしょ?」
波の音が、ふたりを包んだ。
にいすいは祈るように、何度もつぶやいた。
「だから、大丈夫……。」
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ソクミタにとって、この星のすべても、宇宙のすべても、ただ一瞬の風のようなものだった。
風が吹き抜ければ、季節はめぐる。春も夏も秋も冬も、彼の前を通り過ぎていく。しかしソクミタはどの季節にも属さない……不変の存在だった。
……彼の中では、時間が止まっている。
あの日のラーメンの湯気も、ロウソクの笑い声も、永遠に消えないまま、胸の奥でくすぶり続けている。
……ロウソクと過ごした「永約ノ間」
あの切り離された不思議な場所こそが、ソクミタが本来いるべき場所だった。
あの時の彼は、神でもなく、人でもなく、ただ愛する誰かと生きていた存在だった。
今の彼は、本来の姿……この世を見守る観測者へと戻った。
しかしその瞳はもう、ただ一人の人間を見つめ続けている……。
風が吹くたび、彼は思う。
「この風の向こうに、ロウソクがいる気がする」と。
……不変の存在でありながら、たった一度の変化を愛したこと。
それが、ソクミタという神の、最も人間らしい罪だった。
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ーー
時が経ち……。
その日。にいすいは、マリリンのラーメン修行に付き合ったあと、胸騒ぎを覚えて、帰る前に御約束山へと足を向けた。
守護の風。優しい森の音。いつもと変わらないはずの景色。けれど、ソクミタの姿がない。どこにも、いない。
にいすい「……兄さん、ほんとに行っちゃったの?異世界(死後の世界)に……。」
足元に、白い封筒がひらりと落ちていた。
「にいすいへ。面白いことになったんだ。とにかく探さないでくれ。悪い奴を取り締まるために行く!私はいつまでも正義の味方だ!なんてな、ははは!落ち着いたら連絡する ソクミタ」
にいすい「面白いことって!?落ち着いたらって……いつだよ、もう、心配ばっかりかけて……。」
そう言いながらも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
にいすい「……でも、兄さんらしいな。まっすぐで、不器用で……。」
春風が吹き抜ける。その風の向こうに、あたたかい気配があった。
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ソクミタは「変わること」そのものに憧れたから、人の形をし、この世の一員になってみたいと考えた。
そして、ロウソクという人間に触れて、罪を知り、痛みを知り、そして愛を知った。
その愛は、神聖な自然の化身を、ひとりの人間へと変えていく……。
人の痛みに生かされて…‥ソクミタはこれからも、変わりゆく世界の中で、正義を求め、愛を探し続ける。
今日も風が吹く。
それは、誰かの涙をつつむ風。そして、誰かの幸せをいのる風。
ソクミタは、その風の中で微笑んでいた。
(…………ロウソク。いまもお前を愛してる。)
【ソクミタの影 END】
キャラクターボイス(順不同)
成林ジン様(ソクミタ役)

長峰永地様(ロウソク役)
最後までお読みいただきありがとうございました


