悪人を愛することは、その罪まで許すことなのか。

正義と悪。加害者と被害者。愛することと、裁くこと。
その境界に立ち続けた二人の物語。
【一話はこちら】

あらすじ
他人の苦痛や恐怖を楽しみ、数々の罪を重ねてきた男・ロウソク。
そんな彼を追い続けるのは、強い正義感を持つ警察官・ソクミタ。
相容れるはずのない二人の出会いは、
やがてロウソクの中に、自分とはまったく異なる価値観を残していく。
しかし、ロウソクが歩んできた人生の裏には、
監禁、家族、復讐、歪んだ正義、
そして次の世代へ受け継がれていく傷があった。
悪人は変われるのか。
誰かを理解することと、許すことは同じなのか。
罪を犯した人間を愛することは、その罪を肯定することになるのか。
そして「正義」とは、誰かを切り捨てることなのか。
『星のはなびら1』二章を補完しながら、
『口裂けカレシ』『座敷童カレシ ILOVEラーメン』へと繋がっていく、
罪と正義と愛を描いた全四話の番外編です。
閲覧前に必ずご確認ください
『ソクミタの影』は、
犯罪・暴力・虐待・支配関係などを強く扱うダークな作品です。
一部の登場人物には、現実において重大な犯罪・加害行為にあたる言動があります。
また、加害者側の心理や人生についても長く描写しますが、
それらの行為を正当化・推奨・免罪することを目的とした作品ではありません。
「過去に傷ついていたこと」「誰かを愛していること」「反省や後悔があること」
によって、犯した罪そのものが消えるという描き方もしていません。
本作では、理解することと許すこと、愛することと肯定すること、救うことと裁くことを別のものとして描いています。
以下の内容が含まれます。
主な注意事項
・殺人、殺人未遂、暗殺
・流血、刺傷、銃撃、身体的暴力
・他者の苦痛や恐怖に快楽を感じる人物
・児童虐待、暴力的な教育
・子どもを犯罪や暗殺に利用する内容
・監禁、拘束、誘拐
・冤罪、社会的身分を奪う行為
・家庭内での暴力、心理的な支配
・配偶者や恋人への加害
・復讐、報復を目的とした殺人
・犯罪組織、裏社会
・警察や公的組織の腐敗、不正
・人体実験や人間を実験材料として扱う内容
・精神的虐待、心理操作
・自分自身を強く否定する発言
・「生まれてこなければよかった」「死んだ方がいい」などの思想
・自ら死を受け入れる、または死へ向かう行動
・死別、家族との離別
・世代をまたいで続く暴力やトラウマ
・倫理的に問題のある恋愛・執着
・性的な話題、性的な欲望に関する表現
・加害者と被害者、犯罪者と捜査側の人物の間に生まれる強い感情
・死後の世界、魂、死者との再会に関する描写
特にご注意いただきたいこと
本作には、重大な加害行為を行った人物が、その後も生き、誰かに愛され、別の人生を歩む描写があります。
ただし、それは
「愛されたから罪がなくなった」
「可哀想な過去があるから仕方がなかった」
という意味ではありません。
作中でも、罪を償うこと、裁かれること、
過去の行為を背負って生きることを重要な要素として扱っています。
また、「悪人だから傷つけてもよい」「多数を救うためなら一人を犠牲にしてもよい」
といった考え方についても、登場人物それぞれの立場から問い直します。
シリーズ作品との関係について
本作は『星のはなびら1』二章の番外編ですが、
単独の外伝としてだけでなく、荒花ぬぬ作品の複数シリーズを繋ぐ物語でもあります。
『星のはなびら1~永遠の恋と不死の星~(小説)』『口裂けカレシ(ゲーム)』
『座敷童カレシ ILOVEラーメン(ゲーム)』
などの人物・設定と深く関係しています。
特に『座敷童カレシ I LOVE ラーメン』とは時代が異なり、本作から五十年以上後の世界が描かれています。
明るく賑やかな現在へ至るまでに、その人物たちがどんな過去を持ち、何を失い、どのように生き続けてきたのか。
作品世界をより深く知りたい方に向けた物語です。



全四話について
本作は、数年間にわたり少しずつ制作した全四話の作品です。
各話で視点や時代が変わり、同じ出来事も別の人物から見ることで、意味が変化していきます。
一話だけでも一つの物語として読めますが、四話まで読むことで、ロウソクとソクミタ、そしてその周囲の人物たちの物語がひとつに繋がります。
かなり重い内容を含むため、苦手な要素がある場合や、気分がすぐれない時には、
無理をせず閲覧を控えてください。
本編「ソクミタの影3」
一話 綾小路家の秘密
半年くらい前のこと。
ロウソクは逮捕されたが、独房に入れられた直後に体調を崩し、倒れてしまった。意識を失ったまま数日が経ち、その後命を落としたことが報道された。
彼の言葉と真意は消えた。
もう、誰にも届くことはない。
ときめきとロウソクという柱を失ったことで、裏社会は衰退していく運命だ。
そして、その直後、もうひとつの柱が崩れた。
表と裏社会を牛耳っていた綾小路夏化(あやのこうじナツカ)とその一族が、炎に包まれてこの世から消えたのだ。
ーーー
ーー
ー
綾小路一族は、巨大な企業をいくつも経営しており、この国の経済に大きな影響を与える企業グループとして知られていた。そのトップに君臨している人物こそが、綾小路 夏化(あやのこうじナツカ)だった。
ナツカは、信頼を集める華やかな経営者だったが、残酷な裏の顔があった。
ナツカは屋敷の別館に、若い人間を閉じ込めて特別な教育を施し、あんさつ者を育てていた。ナツカは罪のない人の命と、社会の裏と表の手網を握っていた。命を駆け引きし、国家ぐるみで行動し、生命と社会を牛耳っていたのだ。
ナツカは金、色欲、権力に取り憑かれた孤独な男だった。金の動きを見透かすことはできても、愛情は理解出来ず、女性達に裏切られ、捨てられ、置いていかれては悩んでいた。
しかし…ロウソクとときめきが出会う頃。ナツカもひとりの女性と運命的な出会いを果たして、過ごしていた。
ナツカが出会ったのは、花飾長柑(はなかざりちょうかん)。花飾長柑は、事実上の警察組織のトップだった。優しさと厳しさ、美しさを兼ね備えた彼女は、正義の化身と呼ばれる実力者だった。
しかし花飾長柑には人には言えない残酷な裏の顔があった。
彼女は若かりし頃から、ナツカに恋をしていた。テレビに映るナツカに憧れ、いつか彼と肩を並べたいと願い、彼を手に入れたいと願い…社会的な地位と権力、財産、美貌を求めて行動していたのだ。
ナツカの裏の仕事、暗黒の一面を知っても、彼女の夢は揺らがなかった。なぜか?それは、彼女自身も、既に欲望の悪魔に魂を売っていたからだ。
出世のために、金のために、権力のために、ナツカの心を手に入れるために…悪人と善人を手のひらの上で転がしていた。邪魔な者は裁き、使える者は吸収し、惑わせて惑わせて、故意に不幸を植え付けて…彼女は警察組織に私情を絡ませ、歪ませた。
彼女にとっての正義は、ナツカの存在、そのものだった。
とある悪人は「この小さな国は腐っている。俺のようなクズばかりが蔓延り、社会も秩序も崩壊している。潔白で真面目な警察官何てソクミタくらいだろう。」…と、呟いた。
花飾長柑とナツカは、秘密裏に結ばれた。誰も知らない社会の裏側で密会し、指輪を交換した。それぞれが支配していた世界と愛が交わった。
ふたりはナツカの屋敷の中庭で、体をくっつけ、顔を近付けて話していた。中庭には立派な墓があった。その墓にはふたりの名前が刻まれていた。
花飾長柑「…なぁ、ナツカ。ときめきをどうするつもりだ?」
ナツカ「しばらく泳がせておこうかな」
花飾長柑「邪魔な奴だ。しかし、ナツカの言う通り、今は攻撃をやり過ごし、泳がせておくのが良いだろうな。ときめきは特別なことをしなくても勝手に消えていく気がする。私にはわかるんだ、彼女は私には勝てない。余裕がない女は、視野が狭いからな。ナツカには私という、秘密の毒蛇が巻きついている。ふふ…哀れな奴。」
ナツカ「邪魔?そうかな?あ、もしかして、…僕の元カノだから、嫉妬?ときめきとは何年も一緒に過ごしちゃったよ…。嫉妬してる花ちゃんを見られるなら、後悔する必要はないか」
花飾長柑「嫉妬、嫉妬、嫉妬、私は毎日嫉妬しているさ。私はナツカの過去も未来も、全てがほしい。お前の命も体も心も、私のものだ。本当はお前の五感を壊して、手足を縛って、閉じ込めてしまいたい。ああ、他の女には指一本、髪一本触れさせたくない。私だけを見ていろよ、どこにも行くな。逃げたらころすぞ」
ナツカ「どこにも行かないよ、だからころさないでね。ふたりで長生きしようねぇ〜♡」
花飾長柑「…よし、そろそろ仕事に戻る。ハルを頼んだぞ。」
花飾長柑はナツカの腕の中で眠っている幼い女の子…ハルの頭を撫でた。ハルはふたりが授かったいのちだ。
ナツカ「ハルはいつの日か、表と裏の社会を、欲しいものを、全て手に入れるんだ。誰よりも自由に生きるんだ。そのために、僕と花ちゃんの知識や能力は、全て教えてあげるつもり♪誰にも負けない密偵と暗さつ技術も、世論を動かす正義の心も、全てをね♪…僕はそのために、おじいちゃんになっても、働き続ける」
花飾長柑「そうだな、ふふ。おやすみ、ハル、ナツカ。安心して眠れよ。悪夢なんて存在しない、この星は私たちの手のひらの上にあるのだから。じゃあな♪」
やがてナツカと花飾長柑の関係は表社会でも発表され、ふたりは「理想の秀才夫婦」として祝福され、メディアを騒がせた。
誰も何も知らないまま。隠されたまま。星は変わらず、まわっていた。
ーーー
ーー
ー
しかし、大きくなったハルは、ナツカと花飾長柑の残酷な秘密を疑問に感じた。両親が宿している、闇と光。悪と善。黒と白の心。
ハル(きっと私も悪として生きていくんだ。最強の悪人になって、口が裂けても言えないような大きな秘密を抱えたまま、幸せになる。支配者になる。それが自然な流れ。でも、このままでいいの…?)
(密偵を頑張るくらいなら、困っている人を助けることを頑張りたい)
(暗×を頑張るくらいなら、誰かを生かすことを頑張りたい)
(嘘の言葉で、皆の心を動かして、支配するなんて嫌)
(それが私の本当の気持ち)
(でも、どうすればいいのかな。正直な気持ちを打ち明けたら、ふたりは悲しむかな…。もしかしたら、ころされちゃうかな。)
(誰も信じられない。自分しか、信じられない。私って、ひとりぼっちなんだな。)
ハルは中庭で、そんなことを考えながら、ブランコをこいでいた。そんなハルのところへ、ハルと同じくらいの年頃の少年が近付いてきた。少年は、綾小路家の執事「ベーゼ」だった。
ベーゼ「ハルお嬢様、悲しい顔をして、どうしたのですか?…ほら、げんきだして。おいしいオレンジジュースをお持ちしましたよ。お父様とお母様がオレンジを沢山くれたので、ジュースにしたのです。ハルお嬢様に飲んでほしくて」
ハル「ベーゼ、ありがとう」
ベーゼはこの家で隔離されて育てられており、ナツカ達の闇を知らないたったひとりの存在だった。そして、ハルの友だちだった。真面目な執事は、こぼさないように注意しながら、コップにオレンジジュースを注いでいる。
ベーゼは大きなマスクをしている。恐ろしい顔、裂けた口を隠すために。ベーゼには秘密があった。人間ではない…口裂け男という怪異であるという秘密が。
うまれたばかりで行く宛もなく、さ迷っていたベーゼをナツカが連れ帰ってきたのだ。怪異の力を利用するために、優しい父親のフリをして。ベーゼはナツカと花飾長柑に懐いていた。
ハルはベーゼの素顔をこっそり見てしまったことがあり、ベーゼの秘密を知っていた。しかし、見なかったことにして、何も知らないふりをしていた。
ハル「おいしい!でも貰ったオレンジ、全部ジュースにしちゃったの?オレンジが余ってたら、そのままでも食べたいなぁ。丸かじりしたい!」
ベーゼ「すみません、余ったオレンジは俺が全て食べてしまいました」
ハル「あはは、ベーゼ、面白いね!食いしん坊♪」
ベーゼは恥ずかしそうに笑っていた。その後ふたりでブランコで遊んだ。それからベーゼは仕事をするために、屋敷の中へと戻って行った。
ーー
ー
それから時が経ち、ハルは大人になった。
ある日の深夜。
気配を消して行動するのが得意なハルは、ナツカと花飾長柑の寝室の天井裏に隠れていた。眠れない夜は時々、好奇心にまかせて、ふたりの会話を盗み聞きして遊んでいた。
花飾長柑「ナツカ、あの化け物をどうするつもりだ。執事としては優秀だが、デカいし…あいつの正体が表沙汰になれば、面倒なことになると思うぞ。自由に行動させない方がいいんじゃないか?」
ナツカ「ベーゼのこと?あいつは今夜こ×すよ。はじめからそのつもりで捕まえて、育てていたし。丁度、今からベーゼを起こしにいこうと思っていたんだ。
僕が管理してる秘密の研究所、綾小路研究所(あやのこうじけんきゅうじょ)の研究員が言うには、あいつの内臓を使えば、人間の能力を一時的に向上させる、特別な薬品…魔法薬を作ることができるかもしれないらしいんだよ。ベーゼは十分育ったし、そろそろ収穫の時♪
綾小路研究所では怪異や悪霊について調べているんだ。未知の領域で、サンプルも少ない。捕まえるのも一苦労だ。でも、ベーゼは本物の怪異に間違いないから、期待出来ると思うよ」
花飾長柑「面白そうな実験だな。警察組織も、魔法薬や特殊能力を手に入れたいところだ。ハルには、ベーゼは留学するために旅立ったと説明しておくか。」
ナツカは懐に銃を隠し持っている。
ハルはふたりの会話を聞き終わる前に、ベーゼの部屋へと駆け出した。音をたてずに移動し、天井裏から部屋の中へと忍び込み、寝ているベーゼを叩き起した。ベーゼは寝ている時もマスクをしていた。
ハル「ベーゼ、起きて!やられちゃうよ!」
ベーゼ「むにゃむにゃ…ん?はるおじょーさま?むにゃむにゃ…すやすや」
ハル「起きてってば〜!」
部屋の外からコツコツと、足音が近づいてくる。ハルは決意し、廊下に出て、ナツカの前に立ちはだかった。
ハルもパジャマの下に銃を隠し持っていた。
ふたりは銃口を向けあった。ハルは引き金に指をかけた。
ナツカ「…は、ハル、こんなところで何をしているんだい。早く部屋に戻って。」
ハル「嫌だよ。ベーゼはわたさない。私はもう、逃げない、迷わない」
それから、本音と夢を込めた言葉をぶつけあったが、結局分かりあうことはできなかった。
ナツカ「続きは明日の朝に聞くよ。大丈夫、どんな話も、ゆっくり聞くから。僕ももうおじいちゃんだし、命ももう長くはないだろうし、ハルのためにできることは、どんなことでも協力したいと思ってる。
ハルにひとつでも多くのものをのこしたいんだ。そのために、仕事をさせてくれないか。
はぁ、早くサンプルを研究所に送りたいのに…研究員が待っているのに…。どうしようかな。」
ナツカは銃を向けていた手を降ろして、背を向けた。ハルはその背中に「大っ嫌い!」と泣いて叫んだ。
叫んだとき…勢いあまって、指に力が入ってしまった。乾いた破裂音。暴発。胴体を撃ち抜かれたナツカは地面に崩れ落ちた。やってしまった……。
ハル「うそ、ぁあ…どうして、どうして!
違うよ。こんな、酷いことがしたかったわけじゃない。私は皆を助けたかったんだよ!
そうだよね、そうだといってよ、私。私は黒色じゃない…でも、きっと、白色にもなれないんだ。
怖いよ、心に灰色がまざって…こわれちゃうよ…。
ああ、…ダメだ、もうなにも出来ない。
全て終わらせよう。綾小路家はわたしがつれていく」
…ハルは屋敷のカラクリを操作し、扉の鍵を閉めて、火をつけた。何もかもが燃え盛る中、悲しみに暮れて、その場に立ち尽くしていた。
ハル(全て燃えてしまえばいい、皆も、私も…。悲しいよ、苦しいよ。)
その時、開かないはずの扉が蹴破られた。熱風が吹いて、火の粉が飛び散った。振り返ると、汗まみれのベーゼがいた。マスクをしているため、息をするのも苦しそうだ。
ベーゼ「ハルお嬢様、ここにいたんですね!大変です、火事です!逃げますので、俺についてきてください!
ああもう、わけわかんねぇ。スプリンクラーが作動してねぇのはどうしてだ?扉も壊さねぇと開かねぇんだ…。熱で溶けた影響か?オラオラッ
みんな避難出来てたらいいんですけど…とにかく逃げましょう。」
ベーゼはハルを無理やり抱えて、屋敷の外へと連れ出した。
ーそうして綾小路一族は炎の中に消えたー
ーハルとベーゼだけをのこしてー
ーー
ー
べーせに励まされ、ハルは心を入れ替えた。ベーゼと共に探偵としての活動をはじめた。重くて暗い秘密を背負っていても、みんなを助ける優しい人になりたい。頑張りたい。ハルは、そう決意したのだ。
ー
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二話 探偵と、ふたりの口裂け男
…探偵事務所(自宅・リビング)・今日の午前…
ハル「ベーゼ〜♪留守番と事務、それから…他の仕事全部!いつも通りお願いね♪じゃあ、いってきまーす!」
ハルは楽しそうに上着を羽織って、バイバイ♪とベーゼに手を振った。
ベーゼ「承知しました。ハルお嬢様、俺にまかせてくださいよ。ハルお嬢様のためなら、どんな仕事もやりますから。」
ハルを見送って部屋に戻り、ふとテーブルを見ると、ハルの財布とスマホとお弁当が置いてあった。
ベーゼはそれを掴み、「あっ、おい!忘れ物してますよ!」と、慌てて外に出たが、もうハルの姿は見当たらなかった。
ベーゼ「チッ、昼ごはん食えねぇなんて、心配だ。くそ、くそ、スマホまで忘れちまってるし、どうしたらいいんだ。走り回って探すか?俺は口裂け男だから、100メートルを数秒で走れるし…いや、それは目立つからやめておいた方がいいか」イライラ
ベーゼの大きな独り言が部屋に響く。リビングのソファで昼寝をしていたもう一人の男性が、「うるさいなぁ」と起き上がった。
彼の名前はポポタマス。数ヶ月前、ハルと仲良くなり、探偵仲間に加わった。三人はこの探偵事務所で一緒に暮らしている。
ポポタマスは少年だった頃。屋敷に忍びこんで遊んでいた時にハルと出会い、一度だけ話したことがあった。その時に一目惚れし、大人になっても一方的に恋をし続けている怪しい男性だ。ポポタマスは「もう一度会いにいきたいな」と思い、毎朝、毎晩、感傷に浸っていた。
ストーカー気質な彼はハルとベーゼの秘密についても知っていた。
探偵仕事も楽々とこなしてしまう器用な男だが、勝手にハル用のウェディングドレスを買ってくる。ポポタマスはハルを知り尽くして結婚するためだけに生きている…らしい。
ポポタマスはつけていたマスクをゴミ箱に放り投げて、新しいオシャレなマスクを取り出し、身につけた。実はポポタマスも、口裂け男なのだ。ちなみにポポタマスは怪異ではなく、口が裂けちゃって怖い顔をしているだけの人間だ。
ポポタマスとベーゼ、ふたりの口裂け男はハルを奪いあう恋のライバルだ。
しかしハルは探偵仕事に一生懸命で、ふたりを探偵仲間としてしか見ていない。
ハルは、ベーゼとポポタマスの顔を見ても、正体を知っても動じない。気にしない。どちらがかっこいいかということも考えない。
どちらかを彼氏にするつもりはない様子だ…。

ポポタマス「ハルちゃんが忘れ物したの?落ち着きなよ…はぁ。ベーゼは声が大きいからモテないんだよ。そろそろ自覚した方がいいと思うよ」
ベーゼ「うるせぇな、ソファに戻って一生寝てろ!!貴様のブサイクな顔を見ている暇なんかねぇんだよ」
ポポタマス「ベーゼの方がブサイクだよ!ばーかばーか!」
ベーゼ「ばーかばーか!」
ポポタマスは、ポケットからにんにくを取り出し、ベーゼに投げつけた。怪異の特性で、においの強いものが苦手なベーゼは、唸り声をあげた。怒ったベーゼは怪異の力で大きな鎌を出現させ、それをポポタマスに向けて脅した。
ポポタマス「怒ったもんね。そうだ!今夜、ハルちゃんとふたりで、ニンニク料理とシャンパンタワーでパーティしようっと♪探偵事務所をニンニクとお酒の香りで満たしてやる!」
ベーゼ「ふたりで!?抜けがけは禁止だって約束しただろうが!」
しばらく喧嘩した後、喧嘩をしている場合ではないと落ち着いて、話し合いをはじめた。今はハルに忘れ物を届ける方法を考えることの方が大切だ。
ポポタマスは「僕って頼りになるんだよ、ベーゼと違ってね」と、言いながら、スマホを操作し、怪しい地図アプリを開いた。
ポポタマス「ハルちゃん、バス停に向かってるみたい。でもまだバスには乗ってないね。コンビニに寄り道してるよ。僕の足だと間に合わなさそうだけど…ベーゼは怪異だし走るの早いから、今すぐ追いかけたら、手渡せるんじゃない?」
ベーゼ「それなら良かった。いや、待て。貴様、どうやってハルお嬢様の居場所を調べたんだ!?」
ポポタマス「ハルちゃんにこっそり発信機つけてるんだ。((小声)盗聴器とカメラもね)。ほら、早く行かないと間に合わないよ!!
…僕は探偵の仕事を適当に片付けておくよ。早く終わらせて、ポエム付きラブレター書こうっと♪今日はハルちゃんを何に例えようかな」
ベーゼ「ああ!?ああもう、覚えとけよ!!行ってくる(怒)」
ポポタマス「行ってらっしゃ〜い♪」
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三話 朝の香り、御約束山
ある日の早朝(半年以上前)
高齢の男性が、とある社(やしろ)に立ち寄った。背後にある大きな山「御約束山(おやくそくやま)」をご神体とする、静かな社だ。信仰深い彼は、家族の幸せを願ったり、日頃の感謝を伝えたりするために、毎朝の散歩の途中に、必ずこの場所に立ち寄る。
広くはないが、のどかな景色が目に優しい。鳥の鳴き声。歩くと、落ち葉が擦れる音が聴こえて癒された。木製のベンチに腰掛けて、一息つく。
そろそろ行こうかと立ち上がった時、ひとりの男性がやってきたので、声をかけた。
高齢の男性「おはよう。こんな朝早くに若い人が来るなんて、珍しい。散歩かい?」
やってきた男性の姿をよく見ると…、ネクタイを締めており、特別なデザインの制帽を被っていた。裏社会を調査する警察官だ。
高齢の男性「散歩じゃないよな…パトロールか。お疲れ様。」
警察官「おはようございます。はい、パトロールをしています。…散歩も兼ねて。それ、いい香りがして美味しそうですね、近くに売っているのですか?」
警察官は私が持っていた、「飴湯」が気になる様子だ。ここに来る前に自動販売機で購入したものだ。毎朝買って、飲んでいる。
高齢の男性「飴湯だよ。知ってる?生姜の香りがする甘い飲み物さ。二本あるから、一本あげるよ。そこの自動販売機で売ってるんだ。冷やしても美味しいよ」
警察官「ありがとうございます。いただきます」
警察官の男性は嬉しそうに受け取って、美味しそうに一気飲みした。幸せそうで、なんだか嬉しい。
高齢の男性「頑張ってね。えっと…」
警察官「わたしはソクミタといいます」
高齢の男性「ソクミタさんか。応援してるよ」
ソクミタは誇らしげに、帽子を被り直して微笑んだ。
ソクミタ「大きな仕事をする前は、必ずここに立ち寄るんです。あの山をみると、なんだか安心するので。ここはパワースポットとしても、人気があるそうですね。隠れた名所だと思ってます。ははは。
…ごちそうさまでした。では、わたしはこれで」
ソクミタは、正義感と決意を胸に、走り出した。今日も仕事を頑張ろう。
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