悪人を愛することは、その罪まで許すことなのか。

正義と悪。加害者と被害者。愛することと、裁くこと。
その境界に立ち続けた二人の物語。
【一話はこちら】

あらすじ
他人の苦痛や恐怖を楽しみ、数々の罪を重ねてきた男・ロウソク。
そんな彼を追い続けるのは、強い正義感を持つ警察官・ソクミタ。
相容れるはずのない二人の出会いは、
やがてロウソクの中に、自分とはまったく異なる価値観を残していく。
しかし、ロウソクが歩んできた人生の裏には、
監禁、家族、復讐、歪んだ正義、
そして次の世代へ受け継がれていく傷があった。
悪人は変われるのか。
誰かを理解することと、許すことは同じなのか。
罪を犯した人間を愛することは、その罪を肯定することになるのか。
そして「正義」とは、誰かを切り捨てることなのか。
『星のはなびら1』二章を補完しながら、
『口裂けカレシ』『座敷童カレシ ILOVEラーメン』へと繋がっていく、
罪と正義と愛を描いた全四話の番外編です。
閲覧前に必ずご確認ください
『ソクミタの影』は、
犯罪・暴力・虐待・支配関係などを強く扱うダークな作品です。
一部の登場人物には、現実において重大な犯罪・加害行為にあたる言動があります。
また、加害者側の心理や人生についても長く描写しますが、
それらの行為を正当化・推奨・免罪することを目的とした作品ではありません。
「過去に傷ついていたこと」「誰かを愛していること」「反省や後悔があること」
によって、犯した罪そのものが消えるという描き方もしていません。
本作では、理解することと許すこと、愛することと肯定すること、救うことと裁くことを別のものとして描いています。
以下の内容が含まれます。
主な注意事項
・殺人、殺人未遂、暗殺
・流血、刺傷、銃撃、身体的暴力
・他者の苦痛や恐怖に快楽を感じる人物
・児童虐待、暴力的な教育
・子どもを犯罪や暗殺に利用する内容
・監禁、拘束、誘拐
・冤罪、社会的身分を奪う行為
・家庭内での暴力、心理的な支配
・配偶者や恋人への加害
・復讐、報復を目的とした殺人
・犯罪組織、裏社会
・警察や公的組織の腐敗、不正
・人体実験や人間を実験材料として扱う内容
・精神的虐待、心理操作
・自分自身を強く否定する発言
・「生まれてこなければよかった」「死んだ方がいい」などの思想
・自ら死を受け入れる、または死へ向かう行動
・死別、家族との離別
・世代をまたいで続く暴力やトラウマ
・倫理的に問題のある恋愛・執着
・性的な話題、性的な欲望に関する表現
・加害者と被害者、犯罪者と捜査側の人物の間に生まれる強い感情
・死後の世界、魂、死者との再会に関する描写
特にご注意いただきたいこと
本作には、重大な加害行為を行った人物が、その後も生き、誰かに愛され、別の人生を歩む描写があります。
ただし、それは
「愛されたから罪がなくなった」
「可哀想な過去があるから仕方がなかった」
という意味ではありません。
作中でも、罪を償うこと、裁かれること、
過去の行為を背負って生きることを重要な要素として扱っています。
また、「悪人だから傷つけてもよい」「多数を救うためなら一人を犠牲にしてもよい」
といった考え方についても、登場人物それぞれの立場から問い直します。
シリーズ作品との関係について
本作は『星のはなびら1』二章の番外編ですが、
単独の外伝としてだけでなく、荒花ぬぬ作品の複数シリーズを繋ぐ物語でもあります。
『星のはなびら1~永遠の恋と不死の星~(小説)』『口裂けカレシ(ゲーム)』
『座敷童カレシ ILOVEラーメン(ゲーム)』
などの人物・設定と深く関係しています。
特に『座敷童カレシ I LOVE ラーメン』とは時代が異なり、本作から五十年以上後の世界が描かれています。
明るく賑やかな現在へ至るまでに、その人物たちがどんな過去を持ち、何を失い、どのように生き続けてきたのか。
作品世界をより深く知りたい方に向けた物語です。



全四話について
本作は、数年間にわたり少しずつ制作した全四話の作品です。
各話で視点や時代が変わり、同じ出来事も別の人物から見ることで、意味が変化していきます。
一話だけでも一つの物語として読めますが、四話まで読むことで、ロウソクとソクミタ、そしてその周囲の人物たちの物語がひとつに繋がります。
かなり重い内容を含むため、苦手な要素がある場合や、気分がすぐれない時には、
無理をせず閲覧を控えてください。
本編【ソクミタの影】

本編
「う〜ん、ごめんなさい♪」
放課後、校舎裏に呼び出されて、クラスメイトの男子から告白された。昨日はバスケ部の先輩、一昨日は茶道部の後輩…先週は… …。高校に入学してから、毎日この調子。これで何度目かしら♪
男子は残念そうにしながらも「自分磨きがんばって、ときめきさんに似合う男になるから!」と、目をキラキラさせている。彼に告白されるのは、もう3回目。走り去っていく彼の後ろ姿を見送ってから、あたしも歩きはじめた。
今度は後輩の女の子たちと、クラスメイトに囲まれた。「ときめき先輩、一緒に帰りませんか!」あたしは「ごめんね、今日はひとりで帰りたい気分なの」と、ウインクした。
赤色のブレザーと膝丈のスカート。息を飲むほど美しい、自慢の容姿。成績も優秀。青春のランウェイをスキップする憧れの的。それがあたし♪
彼氏は募集中。でも、高校の男子たちと付き合うのは、子どもっぽくていやだ。好きなドラマに登場するイケメン俳優さんみたいな、もっともっとかっこいい人がいい!
ものすごくイケメンで、背が高くて、少しだけ筋肉があって、色白で、長い髪が似合う顔立ちで、メイクしなくてもまつ毛が長くて肌がきれいで、それから…… ……。
帰り道、図書館に立ち寄った。借りていた本を返却し、次に読みたい本を探す。
探しながら、進路について考えた。将来の夢が多すぎて、ひとつに決められないから困っちゃう。頼もしい学校の先生になるか、子どもたちを診る優しいお医者さんになるか、強くて賢い警察官になるか。そろそろ決めないと。
困ってる人を助けたい。人と社会を支えたい。頑張り屋のあたしなら、きっと、何にだってなれる。
語学や教育に関する本と、参考書、あとは気になっていたマンガを借りた。
外に出る。夜に寄り添う夕焼けは、紫がかっていてきれいだった。
駅へと歩く。地下鉄に乗りながら、お気に入りの音楽を聴く。いつもの改札を出て、歩きはじめる。
のどかな街。あと少しで家に着く。自然の音が聞こえる道を進む。車なんて走ってないけど、赤信号はきっちり守る。
早く信号が変わらないかな、今日のご飯はなんだろう。ぐぅ…とお腹の音が鳴った時。
向かいの道に、見慣れない人影を見つけた。
それはボロボロの、小さな男の子だった。体を大きく揺らして、苦しそうに息をしながら歩いている。破れた白いシャツには、鉄色のシミが滲んでいた。
おだやかな日常に突然あらわれた、見慣れない現実に、あたしは思わず目を擦った。…夢じゃない、助けなきゃ!そう思った。
「大丈夫?」
駆け寄り、しゃがんで男の子に声をかける。男の子は疲れきっている様子だった。苦しそうにしながら、「うん、大丈夫」と笑ってみせた。
助けを呼ぶためにポケットからスマホを取り出そうとしたが、男の子があたしの腕を掴んでそれを止めた。そして、かすれた声でつぶやいた。
「ライターがほしいの。お姉さん、持ってない?」
「ライター?あるけど…」
あたしはメイクポーチの中からライターを取り出した。メイクする時に、ビューラーを少しだけ温めるために持っている。パパが喫煙者だから、家には沢山ある。メイク道具には、お気に入りのシールとプリクラを貼っている。
何に使うのか聞こうとしたとき、男の子は強引に、そのライターを掴んだ。
「ありがと、お姉さん。…誰も助けてくれないから、もう、ぜんぶ燃やしちゃおうって思ったんだ。」
そう呟いたあと、男の子は走り出した。あたしは慌てて追いかけた。でも、すぐに見失ってしまった。
空が真っ暗になっても、不安な気持ちがおさまらなくて、あたしはその子を探し続けた。
でも ライターも男の子も 返ってくることは 無かった。
そして、あたしは、残酷な景色を目の当たりにした。赤い炎が建物を包み込み、メラメラと燃えていた。何かが爆発する音。黒い煙が辺りを覆う。恐ろしい気持ちでいっぱいになり、胸が張り裂けそうになる。
もしかして、男の子があたしのライターを使って、建物に火をつけたの…?どうして?何が起きてるの。手や足がカクカクと震えた。
サイレンの音、人々の叫び声が、恐怖と緊張感を増幅させた。
このライターは誰のものだという声が聞こえた。地面に落ちて熱くなっていたそれを掲げて、皆、口々に言い合った。きっとそのライターは、犯人のものだ。そうだ。そうに違いない。
(あたしのライターだ)
そして…皆、あたしが火をつけたと思い込んでしまった。社会と大人に、決めつけられてしまった。
楽しかった日常はそこで途切れた。
誰もあたしの言葉を信じてくれなかった…いや、味方になってくれなかったんだ。それが偶然なのか必然なのかはわからない。
憧れの的は、孤独な運命を定められた。
……
犯人はあたしじゃない、あたしじゃないのに。そう訴えても、誰もが知らないフリをした。そんな目で見ないで。何もしていないのに、いったい、何の罪を償えと言うの。
上着も着ずに、涙を流しながら夜道を走った。
社会に睨まれている。逃げるところなんてない。こんな現実を受け入れるしかないの?
走り疲れて立ち止まり、泣き笑った。
…ふと、男の子の言葉を思い出した。
ー誰も助けてくれないから、もう、ぜんぶ燃やしちゃおうって思ったんだー
誰も助けてくれない、か。あたしも同じだ。
今なら、あの男の子の悲しみと行動理由が、分かる気がする。
どこから来たのか、どうしてケガをしていたのか、何も聞くことが出来ずに…あたしはあの子を見失ってしまったんだ。
あたしってダメね…あの時、あの男の子を救えていたら、幸せになれたのかしら。
そうか、それが罪か。これが罰か。
火をつけたとしても、私は、あの男の子は悪くないと思っている。何も悪くない。だって、悪いのはあたしだ。
あたしが、あの男の子を救えばよかったんだ…。
救いたかった。救えなかった。
救えなかったんだ。
あたしは罪人…それが、追い詰められて疲れきって導いた結論だった。
救えたらよかった。そしたらあたしも、救われたのかな。
こんな気持ちにならなかったのかな。
……
雨がふってきた。
……
あたしは罪人…受け入れて、雨にうたれながら月を見あげた。その時、誰かが私に傘を差し出した。
「ときめきさんだね」
いつのまにか目の前にいた男性は、あたしを探していたらしく、頷くと、ほっとした様子で微笑んだ。
「僕の名前は、綾小路 夏化(あやのこうじナツカ)。放火をした悪人に仕立てられたときめきさんの力になりたくて、探していたんだ。このままでは、罪人として拘束されてしまうだろうね。僕があなたを匿(かくまう)から、僕の家においで」
「…で、でも」
「あなたは戦うべきだ」
顔を上げて、ナツカを見る。高級感のあるスーツ、水色のリボンと大きな宝石が付いた杖。品格を感じる紳士だ。穏やかな雰囲気で、優しそうな表情をしている。でも、影がある。笑顔というお面を身に着けているような、不自然さがある。本当は怖い人なんじゃないか、…怪しさと、不信感が湧いてきた。目が合って、まっすぐ見つめたナツカの瞳は、スーパーに売っている魚に似ていて、生命力が感じられなかった。
…でもナツカが発した、戦うという言葉にハッと気がついた。
諦めるのは、まだ早いのかな。まだ間に合う?今からでも、あの男の子を救えるの…?
あの男の子を苦しめて、追い詰めたのは、誰だったのだろう。
…そうだ。この世界には本物の罪人が潜んでいる。
あたしは悪に立ち向かうことを決意し、ナツカと名乗った男性に「お願い、力を貸して」と言った。
ナツカはあたしを高級車に乗せて、屋敷へと案内した。
……
綾小路一族は、巨大な企業をいくつも経営しており、この国の経済に大きな影響を与える企業グループとして知られている。そのトップに君臨している人物こそが、綾小路 夏化(あやのこうじナツカ)だった。
ナツカは、信頼を集める華やかな経営者だったが、残酷な裏の顔があった。
ナツカは屋敷の別館に、若い人間を閉じ込めて特別な教育を施し、あんさつ者を育てていた。ナツカは罪のない人の命と、社会の裏と表の手網を握っていた。命を駆け引きし、国家ぐるみで行動し、生命と社会を牛耳っていたのだ。
屋敷に到着してすぐに、ナツカはその事を打ち明けた。
ナツカ「目を離した隙に…育てていた男の子に逃げられてしまったんだ。その男の子は僕の重要な財産のひとつである建物を燃やしてしまった。はぁ、はぁ、面倒なわるものだ。でも、収穫もあった。
…それは、美しい君と出会えたこと。ときめきさん。君の容姿は特別だ。こんなにも美しい人がいるなんてね。
ときめきさん。犯人に仕立てて連れ去るなんて。過激だったね、うん、強引な手段だったと思う。それでも、君が欲しかった。大成功。この方法を選んでよかった。俗世の、わるものをこらしめようとする様子は、何度見ても飽きないし、出会いと恋は刺激的な方が良いからね。楽しめたよ。
大丈夫、怖がらなくていい。僕が守ってあげるから。君は今日から、僕のものだ」
ナツカはあたしを中庭に案内した。中庭には立派な墓があった。その墓にはあたしの名前が刻まれていた。
ナツカ「ひひひひひひ…大好きだよ、ふたりで長生きしようねぇ♡」
……
あの男の子を苦しめて追い詰めた黒幕。あたしの自由を奪った黒幕。本物の罪人が目の前にいる。この男さえいなければ、あの男の子は、まっすぐ生きていられた。あたしの未来も明るいままだった。
しぬまでこの屋敷で過ごすのも、勝手に用意された墓に入るのも絶対に嫌だ。
この男をこの世界から消せば、あの男の子の心は救われるのだろうか。
少しでも、少しでも救われてほしい。
でも、そう強く思っても、あたしは何も出来なかった。逆らうなんて、夢のまた夢。人の命を軽く見ている、簡単に奪ってしまう残酷な男…ナツカのことが恐ろしくてたまらなかった。
憎しみを隠し、あたしは様子を伺った。
ときめき「ナツカさん、愛してる。毎日楽しい。お金持ちになれて嬉しいよ」
そう言って、何も考えていないふりをし続けた。容姿も性格も全部、きっとあたしは抜群だった。
屋敷の中に閉じこもり、十年。…月日だけが流れていく。
本物の悪人にとって、他人の命は風船に等しい。割れたら新しいものを用意して、膨らませて遊べばいいだけ…本気でそう思っている、最低な男。
しかし、そんな悪の所業も、時間とともに見慣れていった。赤い飛沫、ナツカの生命力のない笑顔…あんなに怖かったのに今はもう、何とも思わない。
綾小路家はあたしに魅了されていた。あたしを信じて居場所を与え、可愛がった。
ナツカはあたしにだけ気を許した。二人きりのときは心も体を玉座から降ろし、ベッドの上で無防備に笑っていた。
ナツカ「…時々ね、ほんとうに時々、寂しい気持ちになるんだよ。今のままでいいのか、これがなりたかった自分なのか、わからなくなるんだ。本当の愛ってなんだろうって。ああ、そうだ、はじめはお金持ちになりたいだけだった。我武者羅に頑張ってきたのにねぇ…。ごめんね、こんな話。ときめきさんの前では、自分を隠したくないんだよ。」
ときめき「…」
ナツカは涙を流していた。その隙をついて、首をしめた。
この屋敷に宿るあんさつ技術。あたしはこっそりそれらを見て、まねて、習得し、執念を燃やして、自分のモノにしていたのだ。
そしてあたしは裏と表の社会の手網とも言える、情報が詰まったメモリを奪い、窓ガラスを割って逃げた。
本物の悪人はこの世界から消えた。これであの男の子も、少しは救われたはずだ。
追っ手を振り切り、走り続けて、夜の海に飛び込んだ。
……
流れ着き、冷たい海から這い上がった。生きのびたのは奇跡だった。
もう、怖いものなんてない。あたしは戦うと決めたんだ。
ナツカが握っていた裏と表の社会の手網。次にそれを握るのは、このあたしだ。
この世界には、ナツカのような本物の悪人がまだまだ潜んでいるはずだから。あたしが変える。子どもたちを救う。
あの男の子を…いや全ての子どもたちを幸せにするための国(らくえん)を作ってみせる。
……
情報を取り引きし、悪人を失墜させるプロ。時に自らの手で悪人を消す、あんさつのプロ。あたしは、プロだ。
誰も逆らえない。
でも、失敗もあった。どうやらナツカはあの後、一命を取り留めたらしい。
あいつこそ、あたしの敵。
絶対に消してやる。勝ってやる。
あたしは綾小路家のコンピューターをハッキングして攻撃し、情報と武器を奪った。あたしとナツカは情報や財産を奪い合い、刺客を送り合い、恨み合い、戦い続けた。
……
ある日の夜。あたしはいつも通り、隠れ家でひとり、温かいお茶を飲みながら、ノートパソコンをカタカタと操作し、情報を整理していた。次はこの情報を使って、ナツカを攻撃しよう…。その時、背後に気配を感じた。
ときめき「ナツカに雇われた刺客かしら。そこにいるのはバレバレ、気配の消し方を教わらなかったの?」
スカートの中に隠している銃に手を伸ばし、ゆっくり立ち上がる。
物陰に潜んでいたのは、背の高い男だった。薄ら笑いを浮かべながら、姿を現した。
??「…こ×される前に、俺の存在に気がつくなんて。噂通り、強い女なんだな。…その通り、俺はナツカから金を受け取ってここに来た。」
男が持っている特別な形状をした銃が、部屋の明かりに照らされてギラギラと存在感を放っている。
ナツカの手先、本物の悪人。…こんな奴、生きている価値なんてない。早く消してしまおう。
あたしはまず、男の近くに飾っていた花瓶を撃った。花瓶の中には、ガラスの破片を仕込んでいた。直ぐに事務机の内側に身を隠し、部屋中に飛び散る破片をやり過ごす。破片を踏む音…その足音を聞き分けて、男の位置を予測する。
体を動かしたり、顔を覗かせたりしている暇はない。一秒の隙も与えない。あたしは机の後ろから腕だけを出して狙いを定め、引き金を引いた。
ガタン!破裂音と、家具が倒れる音がした。家具を盾にして、破片と銃撃をやり過ごしたのか。どうやら、あたしの行動は男に読まれていたらしい。
でも、あたしの勝ちだ。
事務机の内側に隠れているから、男は銃をあてられない。あたしを狙うには、机の反対側にまわりこんでこなければいけない。
男は最短距離を移動し、ジャンプして事務机を飛び越えてきた。運動神経、抜群ね。でも空中って、無防備なのよ。
素早く飛び出して、男の股の下をくぐり抜けてみせた。男は引き金を引いたが、あたしの大胆な行動は読めなかったのか、弾は壁に命中した。
あたしは男の服を掴み、豪快に投げ技を決めて…地面に叩きつけた。
男のこめかみに銃口をつきつけて、言い放つ。
ときめき「あんた、名前は?」
??「チッ、油断したか…い、いや、油断なんてしてねぇ。俺は真面目に仕事をしようとしたんだ。ときめき…お前、俺よりも強いんだな。俺より強い人間なんて、はじめて見た。ははは、笑っちまうよぉ。ははは」
ときめき「…」
??「こんな命惜しくもねぇから、早くヤっちまえよ。くそ…こんなことになるのなら、美味いラーメンを食っておけばよかった。最後に食ったのは、何だったか…はぁ。ガムかよ。」
男の顔と体つきをジッと見る。ものすごくイケメンで、背が高くて、少しだけ筋肉があって、色白で、長い髪が似合う顔立ちで、メイクしなくてもまつ毛が長くて肌がきれいで、それから…… ……。
ときめき「あんた、最高の男ね。名前は?」
??「名乗らねぇよ。ヤらねぇならヤリ返すぞ」
ときめき「あんたには無理でしょ、弱いし。はぁ、やだ、どうしよう。本物のイケメン捕まえちゃった!タイプだし、すごくかっこいい!」
??「…は?イケメンなのは否定しねぇけど。帰りてぇ…」
ときめき「だめ、帰さない!あんたの名前を調べなきゃ♪初めての彼氏になってよ〜!」
??「変な女だ…」
……
男を木製の椅子に座らせて、逃げないようにロープでぐるぐる巻きにした。ノートパソコンを操作し、男の素性を調べる。ナツカの闇の雇用履歴や目撃情報と、男の特徴を照らし合わせる。
ときめき「…あんたの本名は、綾小路 狼束(あやのこうじろうそく)。綾小路家に育てられた、×し屋ね。ロウソク。あたしのものになってくれなきゃ、この情報を売りさばいてやる。そしたらこの国に、あんたの居場所はなくなるね」
ロウソク「居場所?そんなもの、初めからねぇよ。俺は毎日食い物に困りながら、捨て身で行動してるんだ、今更守りたいものもない、何を売られても構わねぇよ。…でもよぉ、美人に欲しがられちゃ、断れねぇよな。ほら、もっと脅してみてくれよ。なんだか心地よくなってきた。セめられるのが好きなんだ…へへへ」
ときめき「なんか、気持ち悪いわね…。でも外見が良いから、少しくらい気持ちが悪くても全部許せる気がする。やっぱりあんた、良い男ね。イケメンイケメン♪」
ロウソクの縄を解く。立ち上がったロウソクは、ユラユラと部屋を眺めた。ソファに座りたそうにしている様子だが、先程の戦いのせいで、ガラスの破片まみれだ。
ロウソク「はぁ、寛げそうにねぇなぁ」
ときめき「そうね。掃除するのは面倒。二人で住むには狭いし…引っ越すわよ。あんたのせいであたしの情報が漏れても嫌だし、そうしましょ。
はぁ、お腹空いた。引越しの準備する前に、何か食べましょうよ。あんた、ラーメンが好きなの?」
ロウソク「特別好きってわけでもねぇよ。毎日食ってるってだけだ。なぁ、ときめき。ラーメンなら何味が好きだ?」
ときめき「…白湯(パイタン)かしらね」
ロウソク「パ…。は?なんだそれ。そんなラーメンねぇよ。おっ〇いなら知ってるけど」
ときめき「は?下ネタ?…いや、イケメンだからセーフ。うん、ギリギリせーふ…。」
……
ラーメン屋さんなんて何年ぶりかしら。あっさりとした鶏ガラスープがおいしい。
ロウソク「なぁ、ときめき。このラーメンの種類をもう一度おしえてくれ、忘れちまったんだ」
ときめき「パイタンよ。白色のスープが、とっても美味しいの。鶏を煮込んで作られてるのよ」
ロウソク「…パイタンパイタンパイタンパイタンパイタン……パイパイパイパイ。明日には忘れちまいそうだ。まぁいいか、俺もいただくとしよう」
ロウソクは長い黒髪をひとつにまとめて、リボンで結びはじめた。首筋やうなじが気になる。そして割り箸をくわえて、パキッと割った。今度は唇が気になる…。…色気のある男だ。
仕草や話し方は少し乱暴でクセがある(しかもなんか変なにおいもする)が、そんな欠点の全てが気にならなくなるくらい、容姿が整っている。
食べ方は意外と綺麗だ。綾小路家の教育の賜物か。そう思ったのも最初の数秒だけで、ロウソクはすぐに足を組みはじめた。
ロウソク「…ときめき。そんなに見つめないでくれよ、惚れちまったらどうするんだ、ははは…..…はぁ、見るなって。食いづらいな。」
ときめき「いいじゃない。減るものじゃないし、構わないでしょ。あたしの初彼氏♪」
ロウソク「いい気分だ、美人に必要とされるのは。ああ、楽しい。」
店の外にでる。気持ちのいい夜風が吹いていた。ロウソクの手をぎゅっと握る…ロウソクは仕方がないなと呟いた。
ふたり並んで、歩き始める。日が昇るまでに新しい住処を探して、引っ越さなきゃ…忙しくなりそうだ。でも、隣を見るとかっこいい横顔が見えて、嬉しくなった。
ナツカのことを忘れて、心の底から笑えた。
……
ちょうどいい空き家を発見。そこに引っ越すことにした。ロウソクに荷物を運ばせて、あたしはソファに座って仕事をしていた。
ときめき「その金庫はあそこに、そのコンピューターはその辺りに、電子レンジはその棚の上に置いておいてね」
ロウソク「くそぉ、俺は荷物持ちじゃねぇぞ…。…はぁ、まぁいい。美人にこき使われるのも悪くねぇ。そういうことにしてやる。」
荷物を運び終えて、片付けられた部屋を見渡す。悪くない。でも…変なにおいがする。においの元をたどると…ロウソクにたどり着いた。
ときめき「ロウソク、あんた、なんか変な匂いするんだけど」
ロウソク「数日経てば慣れるさ」
ときめき「は?無理。最後にお風呂入ったのいつ?いや、聞きたくないわ、今すぐお風呂に入るのよ」
ロウソク「風呂は嫌いなんだ。めんどくせぇし、寒ぃし、服を脱いだら、無防備になる。」
ときめき「無防備?もうひとりじゃないんだから、気にしなくていいじゃない。敵が来たら、あたしが倒す。だから、ゆっくりお風呂に入ってきなさいよ。体が温まるまで入れば、疲れもとれて気持ちいいわよ」
ロウソク「はいはい、わかったわかった。入ればいいんだろ。ときめき様の仰せのままに。…ふふ、もうひとりじゃない、か。そんなこと、はじめて言われた。」
……
「たまには風呂に入るのも悪くねぇなぁ」なんてつぶやきながら、ロウソクがお風呂から出てきた。あたしは恥ずかしくて、必死に目をそらした。
ロウソク「…見ろよ。俺の裸体を見られる機会なんて滅多に無いからな」
ロウソクはニヤニヤしながら、あたしの顔を覗き込んだ。あたしは思わず目を閉じた。
その時、唇に温かい感触がした。
慌てて、目を開ける。ロウソクの大きな手が、あたしの真っ赤な頬をそっと撫でた。
ときめき「き、キスしたの!?!」
ロウソク「可愛かったからな。減るものじゃねぇし、構わないだろ。なんだ?別に、はじめてって訳じゃねぇだろ?」
ときめき「…あたしにとっては、これがはじめてなの」
どうしてか、涙があふれてきた。ナツカとすごした辛かった毎日が、思い浮かんだ。
ロウソクはきょとんとして…少し悩んだあと、そっとあたしを抱きしめた。
ロウソク「…俺でいいのかよ
隠しても無駄だ。俺はナツカからときめきをヤれという仕事をもらったとき、ふたりの過去や関係性について、しっかり調べて来たからな。
ときめきには、正義の心があるだろう?ナツカという悪人をヤるという目的があるだろう…。
だが、俺は違う。俺はその日暮らしの×人鬼だ。自分が生きることだけを考えて、フラフラと行動している、空っぽで孤独な悪人なんだ。
…俺なんかで、いいのかよ」
ときめき「あたしはロウソクがいいの。一緒に生きてほしい」
ロウソク「そうかい」
そしてロウソクは少し考えてから、自分の過去を話し始めた。
ロウソク「…俺はナツカに育てられた。表社会から隔離され、精神を歪まされ、虐げられて生きてきた。
ナツカの手先として生きれば、毎日贅沢な料理を食えるし、金に困ることは無い。俺は強いし、誰よりも優秀だったんだ。
だが俺は、自由になりたいと思った。あいつを裏切って逃げたんだ。昔の話だが、あの日のことは忘れられない。
ナツカの手先にはなりたくないが、ときめきの手先になら、なってもいいと思えた。悪を成敗するために自分の手を汚す、ときめきの正義は悪くないと思えたんだ。
…俺とときめきが協力すれば、綾小路家を没落させられるかもな。
だから、俺も…ときめきと生きてみたい」
今度は見つめあってから、唇を重ねた。体だけではなく、心も重なっているような感じがした。体の力が抜けていく。手を握り、体温を絡めた。ボディソープと汗の香りがした。
ロウソクは顔を真っ赤にして、視線を泳がせていた。
ロウソク「お、俺も、これがはじめてってことにしようかな…」
あたしは思わず吹き出して、「可愛いこと言うじゃん」と頬を擦り寄せて笑った。
……
裏社会のボス ときめき。その手先 ロウソク。
あたしたちは愛し合っていた。
ナツカをこの世界から消し去り、綾小路家を没落させるために、あたしとロウソクは悪人と戦い続けた。
夜、時々、あの男の子の夢をみた。うなされて飛び起きて、男の子を救えなかった自分を責めた。自分を救えなかった自分を責めた。涙が流れた。
でも隣を見ると、愛する人がすやすやと眠っていた。ロウソクはあたしが泣いていると、直ぐに気がついて、声をかけてくれた。
ロウソク「泣くなよ、ほら、こっちにこいよ」
ロウソクは優しかった。この世界の誰よりも優しかった。
ロウソクはあたしの帰る場所そのもの。大切な家族だ。
……
ゆらめきときらめき、そしてささめきが産まれて、家族の愛は深まった。ロウソクと、子どもたちと過ごす日々。
子どもたちが幸せに過ごせるクニを作るために、あたしたちは戦うんだ。
ゆらめきは、強いロウソクに憧れている様子で、戦いごっこが好きだった。きらめきは興味津々の様子で、あたしのノートパソコンを覗き込んでいた。ささめきはそんなふたりの兄のことが大好き。
ゆらめきたちは賢く、まだ幼いのに、あたしたちの仕事を理解している様子だった。
ある日、ロウソクが、血まみれで帰宅した。返り血ではなく、自分の血だった。疲れきった様子で、失敗したと話した。ロウソクが獲物を逃がして帰ってきたのは、これがはじめてだった。
ロウソク「すまねぇ、足がついちまったかもしれねぇ…。くそ。くそ」
ときめき「心配いらないわ。今、別の×し屋に連絡して、向かわせたから。
それより、ロウソクが無事でよかった。」
ロウソクは下を向いたまま、体を震わせている。ショックを隠しきれない様子だった。沈黙が続く。子どもたちの寝息だけが聞こえる。
そして、ロウソクは意を決して、打ち明けた。
ロウソク「もう、人を×したくないんだ。もう…出来ない。
ゆらめき、きらめき、ささめき…そしてときめき。宝ものができたから、気が付いた。やっと実感した。
俺はこの仕事しかできない。でもよ、俺の仕事は、誰かの宝ものを奪う、酷い仕事だったんだ。
こんな仕事、飽き飽きだ。
無能だと言われてもいい。切り捨てられたって構わない。それでも、もう、×しはしたくない」
ロウソクは、子どもみたいに泣いていた。
ロウソク「もういやだ、何もかもが嫌になった。俺の罪は許されるものじゃない、消しちまった奴らはもう戻ってこないんだ…それはわかっている。それでも今生きている子どもたちの未来を、これ以上奪いたくないんだ。俺のようになってほしくない。だから…、ときめき、すまない、今更、こんなことを。」
ロウソクはナツカという悪人に育てられた。だから、人の命は軽い風船なのだと教わって、その心でずっとずっと生きてきた。あたしたちの存在が、その価値観を変えたんだ。
ロウソク「でも俺も、やっと人間になれたんだ。最低だけどよ、そんな風にも思うんだ。
俺がまだ小さな子どもだったころ、自由になりたいと思って、ナツカを裏切った。ボロボロにされても戦って、窓ガラスを割って逃げた。
全てが嫌になった。でも、行くところもない、誰も助けてくれない、何がしたいのかもわからない。どうして逃げ出したいと思ったのか、逆らったのか、後戻りできない行動をしてしまったのか、自分の気持ちさえ理解できていなかった。
ただただ悲しかった。だから、ぜんぶ燃えちまえばいいのに…って、思った。
たまたま見つけた女子高生がライターを貸してくれた。それで、ナツカの建物を燃やした。
最初は俺も一緒に燃えちまおうかと思っていた。でも、やめたんだ。ナツカの所有物と一緒に散るなんて嫌だ、生きたい、…そう、思ったから。
でも助けの求め方も、普通の生き方もわからなかった。俺は人間の×し方しか知らなかった。だから、結局俺は×し屋なんていう、道徳を裏返したような道にしか進めなかったんだ
でも、今なら、あの時の自分が何を考えていたのか、言葉で説明できる。多分、優しい人に生まれ変わりたかったんだ。」
ときめき「……そう、いいわよ。」
あの男の子はロウソクだったの…?心臓の音が激しくなり、苦しくなる程に動揺していた。本音を隠して笑うのは得意だから、大丈夫。でも、早くひとりになりたい、考えない方がいいことを考えたい。
…ああ、子どもたちが目を覚ましてしまった。
ときめき「あんたがやりたいことだと思ったから、やらせていただけ。飽きたのなら別のことをすればいい、仕事は山ほどある。
家で子どもたちと遊びたいならそれでもいいわよ。ほら、「ゆらめき」ちゃんと「きらめき」ちゃんが遊んでほしそうにあんたのこと、見ているわ。」
恐怖を隠して、笑うのは得意だから、大丈夫。
大丈夫。大丈夫。
ロウソク「そうか……。いいのか…?ときめき、ありがとう。ありがとう。…俺、お前たちのために変わるから。」
……
あの時、救えなかった男の子。「誰も助けてくれないから、もう、ぜんぶ燃やしちゃおうって思ったんだ」…って、苦しそうに笑っていた男の子。
その笑顔を受け止めてあげられなかったこと、救えなかったことを今も後悔し続けている。
あの男の子を救えばよかった。救いたかった。救えなかった。救えなかったんだ。
あの男の子を苦しめて追い詰めたのはナツカだった。この世界には、ナツカのような本物の悪人がまだまだ潜んでいるんだ…だから、あたしが変えると決意した。あたしなら、子どもたちを救えると信じて、戦い続けてきた。
あの時救えなかった男の子を救うこと…
それがあたしの正義だった。
でもそれは、現実を受け入れるための言い訳だった。言い訳がなきゃ、平常心ではいられなかった。生きていけなかった。
ずっと目をそらして、感情を押し殺してきた。
ー将来の夢はなんだっけ?ー
困ってる人を助けたい。人と社会を支えたい。頑張り屋のあたしなら、きっと、何にだってなれる。…幸せな夢の中で、あたしは夢をみていた。
そりゃ人間だもん、妬まれたり嫌われたりすることもあった、友だちとケンカだってしていた、それでも、あの日常はかけがえのないものだった。
本当は、あの日常の続きが欲しかった。人生の続きを描きたかった。
あの男の子さえいなければ。
あたしは将来の夢を追いかけられたのかな。
あの男の子さえいなければ。
あたしは、こんなあたしにならなかった。
それでもロウソクと出会って、家族に囲まれて…あたしは少しだけ幸せになれた。
この人生も悪くないか、なんて、思えたんだ。
諦めるということを、受け入れられたんだ。
…あの男の子の顔なんて思い出せない。それでもあの男の子は、あたしがあたしとして生きるために必要な、心の柱だった。
いつまでも、幻想のままでいてほしかった。
正体なんて、知りたくなかった。
夢と現実を結びたくなかった。
本当に欲しかった未来や本心を自覚したくなかった。
あたしはこれなら、何を支えにして、生きればいいの?
子どもたちの顔が浮かぶ。ロウソクの、後悔と反省の言葉が浮かぶ。ありがとうと泣くロウソクなんて、初めて見た。
あたしもロウソクと同じ気持ちになりたい。人×しなんてやめて、優しい人になって、子どもたちと幸せに生きていく道を選ぶ…それが良い、わかっている。そうしたい。わかってる。
わかってる、わかってる、だけど…。
そんなこと。
今更、出来ないよ。出来ないんだよ。
あの男の子とナツカのせいで、あたしの人生は滅茶苦茶になったんだ。光の未来を奪われて、あたしは仕方なく闇の未来を進んだんだ。
今更、光の道に戻ろうなんて…。あの時の男の子と子どもたちと一緒に、人生をやりなおそうなんて…。今更じゃん。今更じゃん。今更じゃん。
そんなの、残酷すぎるよ。
優しい人なんて…もう、なれないんだよ。
あたしは闇のまま、闇と戦いたい。ロウソクは闇の世界から来た王子様のような存在。そんなロウソクと子どもたちを守るために、ナツカと戦いたい。
あたしの人生を食い荒らした、あの男の子とナツカのことが許せない。戦うと決めたあの日から、積み重ねてきたんだ…この気持ちだけは、絶対に整理できない。
あんな男、世界から消えてしまえって思い続けてきた。
ナツカの命なんて、風船と同じだろ。
…ナツカは本物の悪人だ。
弱いものを虐げてあんさつ者を育てて。あたしという美しい女を屋敷に閉じ込めて、自分のものにしようとしたんだ。自由にするつもりも、幸せにするつもりもなかったくせに、バカみたいに共に過ごして、あいつの手のひらの上に寝かされたまま息をしていた。
じゃあ、あたしは何?ナツカとあたしの違いは何?
ロウソクと、なんの罪もない子どもたちは、あたしの手のひらの上に寝かされたまま息をしていた。
あたしとナツカは、同じ悪人なの?
そうだ。全て、口実だったんだ。
同じだ。同じ。
あたしは、…本物の悪人になってしまった。
……
時間はすぎていく。日常は続いていく。でも、景色の色は変わってしまった。
あたしは悪を自覚した。一番大切なものはロウソクや子どもたちではなく、復讐心だったことを自覚した。
今あるのは…ナツカに勝ちたいという、残酷な闘争心だけ。
手にかけたい。もう一度、泡をふかせてやりたい。
それがあたしの、将来の夢だ。
迷いもためらいも、何もかもが邪魔だから、ロウソクと子どもたちという風船は割ってしまおう。新しい風船を膨らませて、戦い続ける方が良い。
ロウソクの愛情と、あたしの愛情は、もう違う。
ロウソクの心の声が聞こえる。
(なにかが物足りない…何が足りないのだろう。)
(確かめたい。俺にとってときめきたちがかけがえのない存在なのか…確かめたい。)
あたしはその答えを知っている。でもロウソクは何も知らないまま、あたしから何となく伝わってくる不信感に、恐怖を感じて、揺らいでいる。
…しかし、ついにロウソクは気が付いてしまったらしい。もしかして、あたしに、裏切られているのではないかと。愛されていないのではないかと。感じ取ってしまったらしい。
ロウソクの心の声が聞こえる。
(俺の愛情の大きさを確かめたい。愛情が本物なのかどうか確かめたい。)
現実を受け入れられないロウソクは、心を歪めていく。
確かめたい?何を?確かめても、答えは変わらないわよ。そしてその答えを教えるつもりもないわ。
謎のまま、しぬまで悩み続ければいい。
答えを知れば、あんたは現実を受け入れて、乗り越えて、子どもたちのために、強く優しく変わろうとするでしょ?そんなことはさせない。
迷え。揺げ。永遠に、光の道には行かせない。
さぁ、悪人に戻りなさい。闇の道を歩みなさい。
あんたはあたしよりも弱い、ただの手先だ。
……
ときめき「ゆらめき。きらめきとささめきをつれて、先に逃げるのよ」
ゆらめきは、あの日出会った男の子によく似ていた。だからあたしはゆらめきに、ライターを握らせてみた。
でも、ゆらめきは「いらない」と、少し冷たい声で言った。
ゆらめき「…わたしがたたかう。ふたりを守るために」(ままのように、つよくつよくならないと。)
夕焼け空に、風船が浮かんでいるのが見えた。
……さようなら。可愛そうな子供たち。そうよ、これでいいのよ。
……
大切なものを閉じ込めて、邪魔なものは消して、…私が作った、裏社外は誰も幸せになれない監獄だった。
でもあたしはあたしの人生を受け止めてくれたこの場所を、愛している。
あたしはロウソクとはじめて出会った小さな部屋で、お茶を飲みながら、その時を待っていた。しばらく待つと、怒り狂ったロウソクがやってきた。
ときめき「そこにいるのはバレバレ、気配の消し方を教わらなかったの?」
ロウソクはお気に入りの銃ではなく、銅色の包丁を持っていた。あたしはロウソクに、銃を向けた。ロウソクがナイフを振り上げた。引き金を引けば終わる。
どちらが勝つか?そんなの、戦う前から、決まってるでしょ。
………
……
…
ポタ…ポタ ポタ…
ポタ… ポタ
ポタ
…
ロウソク「どうして、どうして。どうして引き金を引かなかったんだ!?
くそ、くそ……ぁあ、ぁあ…くそ!オラ、起きろよ!何か言えよ!くそ、くそぉ!!!
ときめき、しぬんじゃねぇよ!!!」
ポタ… ポタ
ポタ
ロウソク「子どもたちを探しても、見つからねぇんだ!!どこに隠した!?せめて、それを…教えてから逝けよ!!あいつらに罪はないだろうがよ!!!!
まもれねぇじゃねぇかよ…
しんじまったら、どうするんだ…
どうすんだ…
ぁあ…
ぁあ…ぅあ…アアー。
はは。
あはは…はぁ、こんな結末笑っちまうよ。
あはは は は は は は ははは はは…
あはは は は
はは あーぁ ひひ は
なんか気持ちよく感じてきた
あー あぁあ ははは
はは
は
は
はぁ」
…
ポタ…
(愛情も正義も、偽物しかねぇのかよ)
…
[END]



