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三か月後
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建物も、魔法も、人々もそのままに、変わらない日常が戻ってきた。宇宙がほろびかけたこともあったけど、もう大丈夫……皆、そんな雰囲気だ。
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タコタコタコ星
レッドデビル☆カンパニー:タコタコタコ星管理本部
社長・イカパチ
常務取締役・タコダイオウ
社員・ちわた タコパチ
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イカパチは、レッドデビル☆カンパニーの社長室で、忙しく仕事をこなしていた。
机には、魔導書と医学書が山のように積まれている。
宙に浮かぶモニターを操作しながら、キーボードを叩き、さらに羽ペンで書類にもサラサラと文字を書き込んでいく。
強くて優しい天才魔法使い。イカパチは、医療と回復魔法の研究を進めながら、レッドデビル☆カンパニーの仕事にも全力で取り組んでいた。
イカパチ「回復魔法だけじゃ足りないんだよね。魔法じゃ治せないことも、世の中にはたくさんある。
だからこそ体を強くしたり、医療そのものを進化させることも、大事なんだ。」
そう言って、イカパチは視線をタコダイオウに向けた。タコダイオウの隣には、タコパチがいる。
イカパチ「というわけで、タコダイオウ。今日は君の機体を、この星とこの星、そしてこの星へ派遣するよ。現地調査と情報収集、営業活動もお願いね。」
イカパチがモニターに表示された宇宙地図を指さして説明する。
タコダイオウ「おまかせください♪もっと仕事があればいいのに、もっともっと働きたいですね~♪☆」
イカパチ「お兄ちゃんはちわたと一緒に、この星に行ってね。しっかりサポート、お願いね。」
タコパチ「まかせて♪……ちわた、そろそろ出発するよ!宇宙船の発進準備は出来た?」
ちわた「準備できたよ。初めての出張だから緊張する~!」
大きな掘削機を背負ったちわたが、社長室に顔を出す。手に持っているかばんには、まちるが作ったお弁当が入っている。
ちわた「よーし、がんばるぞ!♪タコパチさん、よろしくお願いします!」
タコパチ「よろしくね!」
タコパチはちわたの頭をポンポン撫でた。
ちわたとタコパチ、そしてタコダイオウを見送ったあと、イカパチは「ふぅっ♪」と、小さく息を吐いた。
気分転換にと立ち上がり、外に出る。
すっきりとした爽やかさ。……深呼吸。そのまま、少し歩いて、オシャレなカフェへ向かった。
カウンターの奥では、ミニキスが忙しそうに働いている。その肩にちょこんと乗っているのは、フィカキスだ。
イカパチ「お疲れ、ミニキス君。フィカキス君。枝豆とたまご豆腐のスムージーをお願い♪おすすめのトッピングってある?」
ミニキス「あ!イカパチさん、お疲れ~♪せやなぁ、タコパチはタコさんウインナーが美味しい言うてたで。」
フィカキス「オレは刻み海苔推しやな。」
イカパチ「じゃあ、ウインナーと海苔で決まり♪」
会計をすませると、ふたりは手際よくスムージー作りを始める。
ミニキス「応援してるで~。外のベンチ、今ちょうど空いてるから、ゆっくりしていき。」
イカパチ「ありがと♪」
できたてのスムージーを受け取り、イカパチはカフェの外へ……ベンチに腰を下ろして、ストローにそっと口をつけた。だしの効いた風味。とっても美味しい。
イカパチは、バッグから魔法の手鏡を取り出す。
ふわりと光が広がり、空間を超え、魔法通信が、つながっていく。
イカパチ「もしもし♪ クロサキ君、調子はどう?」
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レッドデビル☆カンパニー:金魚八管理本部
リーダー・クロサキ
秘書・ユニタス
幹部・ふうが
幹部・かえるたち
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コメットがいた部屋の鍵は開いていて、中は空っぽだった。しかし、金魚八がいた宇宙の住民たちにも、変わらない日常が戻ってきていた。帰ってきた金魚八の組織のメンバーたちも、変わらず金魚八で働いている。
金魚八・本部
クロサキは、レッドデビル☆カンパニーの一員、そして金魚八のリーダーとして働いている。帰ってきた仲間たちと一緒に、日々の業務に取り組んでいた。
イフクーンや、かつて金魚八が滅ぼした宇宙・星々の復興。宇宙全体のトラブル仲介や、星々の平和維持、セカイ規模の魔法技術の開発……。
クロサキのユニークな仕事ぶりは、星々で生配信され、今や人気番組として話題になっている。かえるたちが製作している、キュートなかえるグッズの売れ行きも好調だ。
そのすべてが、レッドデビル☆カンパニーの利益へとつながっていた。
クロサキ「さやらん、そろそろ昼休憩にしようぜ。
今日は絶対、タコタコタコ星に定時で帰りたいんだよ!
だらだら仕事するんじゃなくて、スケジュール通り休憩して、仕事して、って感じでキビキビ進めようぜ!」
さやらんはおいしそうにお水を飲んでいる。
さやらん「水分ほきゅ〜☆」
さやらんは無事に記憶を取り戻し、カチョロたちに救出された。怖がりだったが、みんなの勇気に背中を押されて、ついに、遠距離魔法ではなく、自分の足でみんなの前に現れた。
そして今は、派遣されていた「再海(さいかい)の宇宙」の調査を続けている。そこは、海中で暮らす穏やかな性格の生き物たちが住む場所。彼らは魔法の扱いに長けており、生活環境の改善に取り組んでいた。
現在は水位を上げるために、試行錯誤を重ねているようで、さやらんも金魚八幹部として、手伝っているらしい。
さやらん「うるさいなぁ。僕は、休憩しながらのんびり働くほうが、楽しいと思うけれどね。残った仕事は、明日やればいいし。今日は定時であがりなよ~♪
僕はこれから、再海の宇宙に向かうよ。
すっごく優しい生き物たちばかりでね。
海底のお城で、美味しいお料理やお酒をご馳走してくれるんだ。」
クロサキ「お、お前ッ、調査とか言っておいて、飯食ってくつろいでるわけじゃねぇだろうな!?」
さやらん「ん? じゃあね、いってきまーす♪」
さやらんはマイペースに、時空のトンネルへと降りて、姿を消した。
そこにふうがとユニタスがやってきた。
ふうがの後ろには、ぞろぞろと……かえるたちと、「絶望のイフ」たちがついてきている。彼らは、金魚八に帰ってきた元・絶望の存在たち。ふうががリーダーとしてまとめていた。
イフたちの額には「かっこいいから」という理由で、絶望の破片が今も埋め込まれているままだが……表情はどこか楽しげだった。
ふうが「クロサキ!大変だ!おれのイフが一人、時空のトンネルで迷子になったらしいんだ!」
絶望のイフA「時空のトンネルで迷子……すでに絶望している存在なのに、さらに絶望しているでしょうね。」
絶望のイフB「ありますよね、自分が方向音痴だってこと、忘れて突き進んでしまう瞬間。」
絶望のイフC「バカな子……ああ、本当に可哀そう。」
ふうが「おれが助けてやるから安心しろって!おれのチームは、一人でも欠けたらつまんねぇんだよ!
なぁ、ユニタス、イフはどこで泣いてんだ?調べてほしい。」
ユニタス「今、検索中です……見つけました。ちょっと遠いですが、今すぐ向かえば、明日の朝には戻ってこられます。どうします?♪」
ふうが「徹夜かよ!まぁいいや、行ってやるか!イフ!他にやることもねぇし、お前らは自由時間な!解散!」
絶望のイフD「木工細工でもしましょうかねぇ。新しいかえるグッズを作るのも良い。」
絶望のイフE「ワタクシはピアノの練習をしてから、風呂に入って寝ます。」

ふうがは自室で出発の準備を整えると、ひまわりの看板が掲げられた扉を開けて、中へ入った。そこには、ゆずはが待っていた。ふたりの左手薬指には、ひまわり色に輝く宝石……霊界の思い出が光っている。
ふうが「おれ、時空のトンネルに行ってくる!友だちを助けに行くんだ。」
ゆずは「ひとりで!?そんなの心配だよ……ああ、心配でおかしくなりそう……!
ちょっと待って、持っていくもの、用意するから!
U-時空逆転マシーンに、手作りのお弁当、寂しいときに見られるオレの写真、
オレのボイスつきデジタル時計、お守り用のオレの奥歯、
それから……!!!」
ふうが「U-時空逆転マシーンだけあればいいぞ。
ゆずはが愛してるのちゅーしてくれたら、行ってくる。」
ゆずは「ちゅーだけじゃ、寂しいよね!?
手作りのお弁当、写真、ボイス時計、お守りの奥歯も持ってってよ!」
ふうが「いらねぇよ!……ああもう、……じゃあ、お弁当だけもらっておこうかな。何か食べたくなるかもしれねぇし。
奥歯は口の中に戻しとけよ!!」
…ふうがを見送った後、ゆずははひとり窓の外、空を見上げた。
宇宙の深層までたどり着き、コメットとイフクーンを覗き見て、バレずになんとか帰還した。
もしも、ふたりがまた悪事に手を染めるようなことがあったら。誰よりも早く、それを見つけて、止めなければならない。それが金魚八の役目、自分自身の役目だと……クロサキ達に真実を話した。
だからゆずはは、常にセカイ全体を見つめている。
彼のポジションは「金魚八・宇宙の管理人」。
そんな重い責任を抱えながらも、日常ではふうがとふたり、金魚八本部の社有社宅で暮らしている。
それが今の、ゆずはの日常だった。
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タコタコタコ星・テーマパーク
ほめと、カチョロ、たんぽぽ、コック早乙女、
モジ、ちえる店長、ピピヨン、まちる
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頭にはタコのぬいぐるみがついたカチューシャ。首から下げている、ポップコーンが詰まったタコ型ボックス。
ほめとたちは笑いながら、わいわいと楽しそうに歩いている。
その少し後ろ、一歩下がった場所から、カチョロは静かに、優しい眼差しで彼らを見守っていた。
ほめと「ちわたも来れたらよかったのにな~♪ モジさんの誕生日お祝い、超楽しいよね!」
たんぽぽ「お仕事頑張ってるんだし、仕方ないよ。僕たちにテーマパークのチケット人数分をプレゼントしてくれるなんて、ちわたさん、粋だなぁ♪」
たんぽぽは、すでに空っぽになったポップコーン入りのボックスを三つも抱えていた。まだまだお腹ペコペコだ。
モジ「僕の誕生日を、みんなにお祝いしてもらえるなんてびっくりだよ。テーマパークなんて久しぶりだし……ちえる店長もピピヨンさんも一緒で、すごく嬉しい。」
そう言いながら、モジは買ったばかりの大きなタコのぬいぐるみを、ぎゅっと大切そうに抱きしめていた。
まちる「パレードも見たし、何か乗ろうよ~!」
ピピヨン「何乗る? コック早乙女さんは何が好き?」
コック早乙女「わたくし、テーマパークは初めてで……どんな乗り物があるのかも、実はよく知らないんです。」
ちえる店長「じゃあ、いきなりジェットコースターとかじゃなくて、まずはメリーゴーランドにしてみたらどうだい?」
ピピヨン「それいい!ていうか、宇宙船を操縦できる人なら、怖い乗り物なんてへっちゃらだよね?コック早乙女さんの新しい宇宙船、すっごく速いんでしょ?」
コック早乙女「わたくしの宇宙船は速いですが、うーん……乗ってみないと、わかりませんね。色々乗ってみたいです♪」
ピピヨン「モジ君たち~!次、メリーゴーランドね!」
そんな中、カチョロがそっとほめとに声をかけた。大きな角に四本の手、ひらひら揺れるマント。目立つ姿なのに、不思議な魔法の力で、誰も気に留めない。不思議な存在ではなく、ただの大きな人間……そんな空気を、カチョロは身にまとっていた。
カチョロ「ほめと君、メリーゴーランドって、なにかな?」
ほめと「あれだよ! 馬に乗って、くるくるまわるやつ!」
ほめとは嬉しそうに、回転する乗り物を指さす。
カチョロはその方向をじっと見つめた。
馬のようなものにまたがり、くるくるまわるだけの……機械。何のためのものだろう。どこへ行くわけでもない。カチョロは不思議そうに全体を眺めていた。
ほめとたちはチケットを手に、ワクワクしながらメリーゴーランドに向かって走っていく。
カチョロは少し離れた場所から、その様子を見つめていた。乗り物の意味は、よくわからないが……楽しそうに笑いながらはしゃぐ、ほめとたちの姿に、ずっと癒されていた。
光がきらめき、音楽が鳴りはじめる。
メリーゴーランドがゆっくりと動き出し、回り始めた。
きらきらのイルミネーションの中、ほめとたちが笑いながら、楽しそうに馬に乗っている。
その光景を目にした瞬間
カチョロは衝撃を受けた。
ふらりと膝をつき、崩れ落ちる。
カチョロ「なにかな、この気持ち……ほんとうに、愛らしい!!
メリーゴーランドは、いたいけな人間を……より可愛らしく見せるための、機械ということなのかな?
沢山の人間がまわっている。素敵、素敵。
ああ、可愛い……可愛い……。」
目をうるうるさせながら、カチョロはその場に座り込み、
回転するメリーゴーランドに向かって、ずっと手を振り続けていた。
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タコタコタコ星
深夜・公園
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誰もいないベンチに、人影がふたつ。
家出中のふたりは、行動を共にしていた。
少ない街頭……月の明かりを見上げながら座っている。
ひとりは、「ふゆの」。
ふゆのはサラサラの髪を指先でいじりながら、もう一人の青年と、ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
ふゆの「ねぇ、ねると君。どうして僕たち、生き返ったのかな?デスゲームで死んだのに。夢なんかじゃないはずなのに。」
ねると「知らない。……あーあ。お腹すいた。もう金もないし。マジで、どうする?」
ねるとという青年も、マシロ主催のデスゲームで命を落とした一人だった。
でも、気がつくと洋館で目を覚ましていた。命を落としたはずの他の参加者たちも同じように眠っていて、少しずつ目を覚まし、元いた場所へと帰っていった。
外は……タコタコタコ星の日常が広がっていた。
しかし、ふゆのとねるとには帰りたい場所がなかった。
ふたりは、そのまま行き場もなく、ふらふらと彷徨っていたのだった。
ミステリアスで中性的、どこか品のあるふゆのとは対照的に、ねるとは胸元の大きくあいたシャツを着こなし、どこか悪そうでヤンキー風の雰囲気をまとっていた。
ねると「ふゆの、家族はいるの?そいつら、悪人?それとも、君がひねくれてるだけ?……僕は、帰っても親にいじめられるだけだし、本当に一人。しかも、僕はひねくれてる。」
ふゆのは空を見上げながら、ぽつりとつぶやく。
ふゆの「……ひねくれてるだけ。」
ねると「そうなんだ。それなら、帰ればいいのに。
……ひねくれてるから、無理か。」
ふゆの「優しい環境で、愛されて育ったのに、優しい人になれないの。正しくて、優しい人になりたいって思ってるけど、自分を変えられない。……ゆがんだ心の持ち主。環境のせいなのかな。
それとも、僕自身のせいなのか……ずっとわからない。」
ねると「君のいう、優しさって、なに?僕に付き合って、家出を続けてくれてるのは、優しさじゃないの?
ついてくんなって脅しても、君は可哀想って言って、ついてきた。僕がキレて殴ったら、倍の力で殴り返してきて返り討ちにされたし……君は相当変わってるとは思うけどね。」
ふゆの「悪い人、怖い人に興味があるだけ。優しさじゃなくて、君が弱いだけ。」
ねると「そうか。それでも、別にいいけど。」
ねるとは、ふいに立ち上がった。
ふゆの「どこ行くの?」
ねると「ふゆのの家。」
ふゆの「はぁ?」
ねると「家族、心配してるんでしょ?帰ろ。君の家族がどんなやつなのか、興味あるんだ。
……僕も連れてってよ。」
ふゆの「そ、それは……ちょ、ちょっと考えさせて。」
ねると「迷うことある?あ、そっか。男連れて帰るの、恥ずかしい?」
ふゆの「んもー……!わかったよ。でも別に君、彼氏でもなんでもないからね?ついてきなよ。多分、僕の親は優しいから……君のことも、守ってくれると思うし。」
ふゆのは、しぶしぶと腰を上げた。すると、ねるとが当たり前のように、強引に手を繋いできた。
ふゆの「……なに、勝手に。」
不機嫌そうに言いながらも、その手を振り払うことはなかった。むしろ、どこかまんざらでもない表情をしている。
夜空の下、街灯の光がふたりの影をそっと重ねる。
ふたりぼっちの帰り道。
ふたりは、少しずつ歩き始めた。
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青色の不死の星
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現世でアルバイトを終えたさくらは、天国の自宅にルンルン気分で帰ってきた。玄関で靴を乱雑に脱ぎ、白い翼で羽ばたいて、ハイスピードでリビングに向かう。
さくら「からす! ただいま!!ヘヘッ♪
晩ごはんの唐揚げカレーライス買って帰ってきたから一緒に食おうぜ……からす?
あれ、どこ行ったんだ?」
からすが見当たらない。
さくら「からす?どこ行っちまったんだ?」
からす、からす。棚の後ろまで探したが、どこにもいない。さくらは頭が真っ白になった。
さくら「大変だ!!からすが攫われた!!!」
絶望しかけたその時、背後から声が飛んできた。
ささめき「なにやってるのよ、さくら!今日はみんなで焼き肉行くって約束してたじゃない!
バイト終わったら直行って言ったでしょ!?
迎えに来て正解だったわ。
からすさんも、むむちゃんも、さくまちゃんも、焼き肉店の前で待ってるわよ!あと数分で予約時間なんだから、早く行くわよ!」
さくら「仕事忙しくて忘れてたー!!しかも唐揚げカレーライス買って帰ってきちまった!!」
ささめき「冷蔵庫に入れて明日食べなさい!急いで!!」
さくら「……そうだな!!!」
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青色の不死の星
からす、さくら、
ささめき、むむ、さくま
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店内は、ジュウジュウとお肉が焼ける音と、笑い声でいっぱいだ。鉄板の上では、脂の乗ったお肉がキラキラ光りながら焼かれている。
からす「おにくおにく♪お・い・し・いなぁ~♡はい、さくら君、あーん!」
さくら「あーん……もぐもぐ、うめぇ~♪」
からす「よく噛んで食べるんだぞぉ、さくら君……はぁ、可愛いなぁ。もぐもぐ、もぐもぐ、ごっくん。」
さくら「ささめき、もっと焼いてくれ!」
ささめき「自分で焼きなさいよ。むむちゃん、食べれてる?」
むむ「うん♪ 超おいし~♪ 食べ放題だし、おかわりし放題最高~♪今日はダイエット中止だね。」
さくま「ダイエット?初耳だな。毎日おかわりしてるくせに。」
むむ「う、運動してるも~ん!」
さくまはニヤニヤしながら肉を返す。
むむ「さくまちゃん、そのお肉、すっごく大切そうに焼いてるけど……お気に入りの部位?」
さくま「極上の肉。ささめきのために焼いている。」
むむ「なにそれ一途~♪」
さくまは照れくさそうにしている。
さくま「……もっと強くなろうな。むむ。」
むむ「もちろん♪」
テーブルの上は小皿でいっぱい。
さくらとからすの左手薬指には、お揃いの、サファイアブルーの指輪がきらめいている。
幸せが、じゅうじゅう焼けていた。
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青色の不死の星
深夜・天国の公園
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むむはひとり、ジャングルジムのいちばん上で、夜風にふかれていた。ここは、時々訪れるお気に入りの場所。誰にも会いたくないとき、心の中がざわざわするとき、ここに来る。この高さからは、海が見える。静かに波打つ水平線が、どこまでも続いている。
あの先に、なにがあるんだろう。
時空のトンネル。宇宙の奥底。今も、彼は、どこかで泣いているのかな。
私のことなんて、きれいさっぱり忘れて、どこかで元気に生きていてくれるなら、それでいいのに。
星の数ほどある宇宙に、ひとしずくの想いを流しても、答えなんて返ってこない。波の音と、夜風が、そっとその想いをさらっていく。
そのとき砂利を踏む、足音がした。
むむ「……とおこちゃん!」
月明かりに照らされて、とおこが現れた。
ドレスの裾をそっとつまみながら、少しぎこちない手つきでジャングルジムを登る。
とおこ「お隣、よろしくて?」
そう言って、むむの隣に腰かける。
夜風に揺れる長い髪が、月光を受けてきらめいていた。
とおこ「ささめきさんが、「むむちゃん、たまにこの公園に来る」って仰っていたから、歩いてきましたの。……どうしても、お会いしたくて。伝えたいことが、ありますのよ。」
むむ「遠いのに、わざわざ来てくれたの?……なに?なんでも聞くよ。」
むむは、そっととおこを見つめる。夜風にそよぐ髪、すました横顔、長いまつ毛……とおこは、きれいだった。
とおこ「未来を予知しましたの。」
ふっと、いたずらっぽく笑うと、髪を耳にかけながら、とおこは、むむの寂しそうな表情を、優しく、そしてまっすぐに見つめ返した。
とおこ「遠い宇宙。どの宇宙でも、彼の隣の席は、もう埋まっておりますわ。……もう、あなたが入るすきはないの。」
その言葉は、冷たくも温かい。
とおこ「黄金の大剣が、運命を切り開き、彼らを救い出す。止まっていた時は再び動き出し、色を失っていた世界はその輝きを取り戻す。
彼らは、前に進んでいく。そういう未来ですの。」
……じんわりと心が軽くなるのを感じた。
胸に広がるのはかすかな安堵。滲んでくる涙。
とおこはそっとむむの手をとり、両手で包み込んだ。優しく、しっかりと。
とおこ「あなたの未来は、この星にありますのよ。」
夜空には、どこまでも続く星々……。
風がやさしくジャングルジムを吹き抜ける。
むむは、こらえきれずに、とおこを抱きしめた
むむ「とおこちゃんと出会えてよかった、教えてくれてありがとう。」
とおこ「……こちらこそ、助けてくれてありがとう。これからも、あたくしを守ってくださる?」
むむ「あたしが守る。……大丈夫。」
ふたりの間に流れる静けさと優しさ。
心を満たしていく。止まっていた時計の針が、動き始めた、そんな気がした。
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緑色の発明の星
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とおこがむむに会いに行っているあいだ、ことおとオキは、深夜も営業している居酒屋で遅い夕食をとっていた。賑やかな店内。テーブル席にふたりと、くま&新入りのうさぎ型ロボット・レッキーが座っている。
ことおは、熱燗をちびちび飲みながら、湯豆腐と、つくねを味わっていた。
ことお「オキはどう思う?
この星にもさ、死後の世界的なやつを作ってみたいって思って話。俺なら、さくらたちよりもうまくやれる気がするんだ。いや、深海の力もあるしさ……なんか、やってみたいって感じ?♪」
オキ「ふーん。好きにすれば?もぐもぐ、もぐもぐ…。」
オキはというと、話を聞いているのか、聞いていないのか、夢中で激辛スンドゥブをかきこんでいる。もう何杯目かわからない。
ことお「オキ、だ、大丈夫……?なんかヤバいよ?」
くまとレッキーが、オキの顔をのぞき込む。
オキの目はギラギラと輝いていた。
破壊衝動という本能を抑える生活にも慣れてきたが、どこか物足りなさがあった……しかし今、オキはついに見つけたのだ。合法的で、破壊的で、刺激的な快楽を!
オキ「激辛最高……!はぁはぁ、これだよ……これが……欲しかったんだ……!これが美味しいってことなんだね……もっと、もっと辛いのをちょうだい!!!!」
燃えるようなスンドゥブを食べ終えると、オキはふいに顔を上げ、くまとレッキーに言った。
オキ「一口、食べる?」
ビリビリはじける鍋を見て、くまとレッキーは顔を引きつらせながら、そろって首を横に振る。
オキは次に、唐辛子をくわえたまま、ことおを見つめた。
……ことおも、ゆっくり首を横に振った。
ことお「え、遠慮しておくよ……。」
居酒屋の空気が、一瞬だけ静まった、そんな気がした……。