【星のはなびら2~対決☆タコタコタコ星~】18話(最終話)

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時空のトンネル(少し前)

さくら、オキ(と、くま)、クロサキ、イフクーン

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幻想的な虹色の風景が、広がっていた。空間はゆらめき、荒々しい重力を帯びた風が、反対側の出口へ向かって吹き荒れている。何もかもを押し流し、消してしまう、無の嵐だった。

深海の力で動く、真・K-時空逆転マシーン。奇跡の力に支えられたそれは、エネルギー切れの心配もなさそうだ。

マシーンを背負うのは、さくらとイフクーン。

オキは、ことおの改良のおかげで、自力で飛ぶことができていた。

クロサキは、深海の力を宿すくまに捕まっており、宙に浮いている。

ここはどこなのか。

入口に向かっても、出口に向かっても、その先にあるのは、見知らぬ宇宙だけだ。深海の宇宙へ帰る方法なんて、誰もわからない。

クロサキ「それで、どうするんだよ!さくら、マジで宇宙の深層に向かうつもりなのかよ!?」

イフクーン「入口も出口も無視して、虹色の壁をすり抜けて進み続ければ、いずれ深層にたどり着く。と言われていますが……。」

オキ「こんな壁、すり抜けられるわけないでしょ。最強透明人間じゃあるまいし。壁は壁だよ。くまも、そう言ってる。」

さくら「一斉に話しかけるんじゃねぇよ!深層とか、行くわけねぇだろ!?行けるわけねぇし!?仮に行けたとしても、誰がさやらんに勝てんだよ!

……俺たちは今、安定して飛べてる……ってことは、俺の作戦は大成功だ。

俺の目的は逃げて隠れることなんだからな。」

さくらは、どこか寂しそうな顔をしている。でも、それを隠すように、キリッとした表情で話しはじめた。

さくら「からすが、痛みで気を失った時、不思議な夢を見てたんだ。その夢が、なぜか俺の脳内にも伝わってきて……一瞬だけど、見えたんだ。

その夢を見たから、俺はお前らを連れて、時空のトンネルに逃げることにしたんだ。

からすは痛みで苦しんでいたし……、夢の内容を覚えてるかどうかはわかんねぇ。もし、忘れていたとしても、俺は覚えてる。とにかく、行動にうつさなきゃって思った。」

イフクーン「……ただの夢ではなさそうですね。何か、秘密がありそうだ。」

オキ「どんな夢だったの?」

さくら「イカパチとタコダイオウが見えたんだ!!幻みたいなさやらんに追われてた。たぶん、イカパチが深海の力を使って、からすの夢の中から俺に話しかけてきたんだ。」

クロサキ「なんだって!?マシロ生きてるのか!?

さくら「生きてる!多分!」

オキ「タコダイオウも生きてるの!?星から出られないはずだし、星、燃やされた上に爆発してはずじゃ……強すぎ?」

さくら「詳しいことはわかんねぇよ。イカパチは俺に、「クロサキ君!脱出して!宇宙から!」って言ったんだ。だから、俺はお前らと逃げることにしたんだ。」

クロサキ「ほ、他に何か言ってなかったか?どんなことでもいい……!」

さくら「んー……「ご褒美はイカの天ぷら☆絶対生き延びてね!」とか言ってたっけ。」

クロサキ「それだ!」

急に声を上げ、クロサキは真剣な目つきになる。

クロサキ「俺とマシロの間には、俺たちにしか通じない「秘密のメッセージ」があるんだ。

たとえば「天ぷら買ってきて」って言葉には、「ついでに人質の様子とか、外の状況も見てきて」って意味が含まれてることがある。

そして「ご褒美」って言葉♪

ふつうはハッピーな意味に見えるけど……マシロとの間では、「最悪のプレゼント」を指すことが多い。「ご褒美は君が主役の死のパレードだよ」みたいな感じで使うんだ。

つまり……「クロサキ君!脱出して!宇宙から!ご褒美はイカの天ぷら☆絶対生き延びてね!」は、「さやらんの人質にされるっていう最悪のプレゼントを受け取ることになるから、俺を連れて深海の宇宙から脱出して、生き延びろ」って意味に解釈できるんだ。」

イフクーン「……クロサキが狙われている、ということですか??」

クロサキ「かもしれねぇ。マシロが、さやらんの幻影から追われている状況なら……「クロサキを差し出せば、命は助けてやる」みたいな取引を持ちかけられた可能性もある。

……いや、そんな単純な話でもねぇ気がする。」

クロサキは眉をひそめ、深く考え始めた。

クロサキ「人質にされるってのは、たしかに最悪な状況だ。さやらんが、カチョロの前で俺たちを人質にとる……それも、ありえた。

でもよ、マシロは「その場から逃げろ」じゃなくて、「宇宙から!」って言ったんだ……どうして、わざわざ「宇宙」って言葉を使った?」

その瞬間、クロサキの表情が変わった。はっと何かに気づいたようだった。

クロサキ「……もし、「宇宙」が「深海の宇宙」のことじゃなくて、「金魚八」の方を意味してるとしたら……?

「クロサキ君!脱出して!宇宙から!ご褒美はイカの天ぷら☆絶対生き延びてね!」というメッセージは……「クロサキ君、よく聞いて。金魚八から脱出したせいで、このままだと全員人質にされる。それがご褒美……最悪のプレゼントだよ☆絶対、生き延びてね!」とも、解釈できる。

金魚八で脱出といえば、思い浮かぶのはコメット。

つまり、さやらんは……マシロにコメットが復活したことを、それとなく伝えたのかもしれねぇ。

ていうか、さやらん強すぎじゃね?本当にさやらんなのか?なんだか、全てが怪しく思えてきたな。」

イフクーンは、思わず額を押さえた。こぼれ落ちた記憶の断片が、頭の中を一気に駆けめぐる。

イフクーン「な、なんですって……!?

コメットが……帰ってきた?……いや、ありえない話ではありません。十分、ありえます。

……今、思い出しました。さやらんが今、深海の宇宙にいるはずがない。さやらんは現在出張中で、金魚八にも、真金魚八にも、深海の宇宙にもいない……その記憶を、忘れていました。いや、忘れさせられていたのでしょう。コメットによって。

さやらんは金魚八の任務のため、金魚八が創り出した新宇宙「再海(さいかい)の宇宙に向かっていた。そこに生まれた、新しい生命体……穏やかな性格で、魔法の扱いにも長けた海中の生き物たちの調査のために。ワタクシは彼らの文明を支える役目と責任を、幹部のさやらんに託したのです。それは……カチョ―ロチロムが金魚八から出て行く直前のことでした。だからカチョ―ロチロムはそのことを詳しく知らないはず。

魔法の手鏡は、水中や一部の環境では通信が不安定になります。ですから、本物のさやらんはこの状況を何も知らず、今も任務を続けている可能性が高いでしょう。

……からすを複製しようとし、金魚八を解体し、ワタクシ自身を複製し、戦わせた。実体を隠したまま、遠い宇宙から、高度な遠距離魔法を使って干渉してきた。

もし、それらすべてが、さやらんではなく、コメットの仕業だったとしたら……ワタクシを苦しめるための一手だったのだとしたら……動機と実力に納得がいきます。

納得できないのは、コメットにしては、やり方があまりにも中途半端だということです。

コメットが、ワタクシやセカイを憎み、絶望し、自ら心を壊し、記憶や人格を捨てたのは事実です。

そして、もしワタクシがコメットの秘密を明かせば「復讐のために、ワタクシが一番不幸になる結末を、何度も繰り返してやる」……そう言っていたのも、事実です。

しかし、実際にはコメットが記憶を取り戻した様子はなく、そのトリガーも曖昧でした。

さやらんになりすまし、ワタクシを苦しめようとするそのやり方も……たしかに残酷ではありますが……セカイを司る魔法使いが本気でやるには、甘すぎるのです。

もっと効率的に、もっと確実に。ワタクシを苦しめる方法は、いくらでもあったはずです。

タコタコタコ星を滅ぼし、追いかけまわし、カチョーロチロムに戦いを仕掛ける……それらも、まるでイタズラをしているようにしか見えません。

コメットなら、本来、指先ひとつで星を滅ぼし、心を闇に染め、生かすことも滅ぼすことも、思いのままにできるはずですから。

きっと……最初から「深海の宇宙」を本気で滅ぼすつもりはないのでしょう。星も命も、どうせまた復活することを見越している。

ずっと記憶を手放し、閉じこもっていたコメットが、何かが気に入らなくなって、何かのきっかけで、あわてて記憶を取り戻し……そして今、宇宙に反抗しているのです。」

オキ「……時空のトンネルに逃げても、あんまり意味ないかもね。結局、誰も勝てない相手なんだし。」

さくらは、怒りを必死にこらえていた。肩が震える。目の奥には、悔しさと悲しみも滲んでいた。

さくら「……コメットのこと、許せねぇ。

セカイにいるすべての生き物が主人公で、それぞれに人生と物語がある、そんな風に考えていた、強くて優しい魔法使いだったんじゃねぇのかよ。

イフクーンを憎む気持ちは、想像できる。

好きだった人を奪われて、体も心もズタズタにされて、

……きっと、すごく悲しかったんだと思う。

悔しくて、辛かったんだと思う。

でも、だからって、こんなことしていい理由にはならねぇ。

タコタコタコ星の住民たちは、火の中で泣いて逃げまどっていたはずだ。何も知らずに、超新聖爆発に巻き込まれた星もある。からすも、カチョロも、大事な存在なんじゃねぇのかよ……ケガさせたり、心を追い詰めたり、酷いことばっかりしてる。

関係ある人も、ない人も、まとめて巻き込んで、みんなを悲しませて。

どうせまた復活するからいい……っていうのか?

回復魔法があるから、傷付けても良いっていうのか?

こんなの、金魚八がやってきたことと、何も変わらねぇよ。」

オキ「僕も嫌い……遠距離魔法で狙ってきてばっかりで、面倒だし。」

クロサキ「なぁ、イフクーン。コメットは何かが気に入らなくなって~って言ってたけどよ……そのきっかけ、心当たりはあるのか?」

イフクーンは、何も答えなかった。

ただ黙ったまま、肩を震わせ始める。

怖がっているのか?

そう思ったのも一瞬だけだった。

イフクーンは、ニヤリと口角を上げた。

笑いをこらえていたのだ。

イフクーン「きっかけ?ええ、わかりますよ。

しかし……それを話してしまえば

今度こそ、あの子を本気で怒らせてしまいますから。」

諦めたような声で、吐き捨てるようにそう言った瞬間だった。

時空のトンネルが、悲鳴をあげた。

ゴォォォォ!!!

耳をつんざくような音。空間がねじれる。

黒い竜巻が突然、渦を巻いて立ちのぼる。

トンネル内に、ぽっかりと、新たな穴が開く……!

その穴は、どこまでも続く闇。

底が見えない。底なんて、存在しない。

竜巻は、狂ったように吹き荒れ、さくらたちを、闇へと吸い込もうとしていた。

どんな高性能なマシーンを持っていたとしても、まっすぐ飛ぶことなんて、もうできない。

風が、重力が、空間そのものが、牙をむいて襲いかかってくる。

四人は必死に手を取り合い、体をひっぱり合い、力を合わせて抵抗した。

クロサキ「あれが……宇宙の深層か!?今、死ぬわけにはいかねぇ!!!」

さくら「からす!!聞こえるか!?……助けてくれ!!

その時!

空間に、巨大なモニターが突如、出現した。

その中には、からす、ことお、カチョロ……

そして目を覚ましたミニキス、タコパチ、フィカキス、ユニタスの姿が映し出されている。

からす「このモニターの中に入るんだ!!

これは、わたしたちが力を合わせて作り出した、特別製の時空のトンネルだ!

わたしたちのところへ戻って来られるはずだ!」

すぐにオキが手を伸ばし、必死にモニターのフチを掴んだ。すると、ことおがモニターの中から一歩、時空のトンネル空間に踏み出す。ことおはオキの手を掴み、強く引き上げた。オキの体が、モニターの中へと引き込まれていく。

オキにしがみついていたくまとクロサキも、無事モニターの中に滑り込んだ。

……しかし時空のトンネルの嵐が、再び荒れ狂った。

激しい風が吹きつけ、クロサキと手を繋いでいたはずの手がほどける。

さくらの体が、バランスを崩した。

そのままイフクーンとともに、暗黒の時空の渦へと投げ出されていく!

クロサキ「さくら!!!イフ!!!!」

青ざめたクロサキとオキがモニターの中から、手を伸ばし、必死に叫ぶ。

しかし声は、嵐の音にかき消された。

からす「さくら君!!!!」

叫び声と同時に、からすがモニターから身を乗り出した。風が逆巻くトンネルの縁に、今にも吸い込まれそうになりながら、必死に手を伸ばす。

からす「……ひとりにはさせない。」

かすれるようにつぶやいて、からすは、迷いなく嵐の中へと飛び降りた。

カチョロ「危ない!」

その腕を、カチョロが咄嗟に掴んだ。ぐいっと腕を伸ばし、からすが飛ばされないように必死に掴み続ける。

風が爆発したように荒れ、時空の繋がりは崩壊を始める。

……崩壊へと誘う風。

この風はまぎれもなく、怒り

怒り

そのものだった。

ブチンッ

空間の電気が落ちたように、モニターが消える。

世界全体が、一瞬で真っ暗になった。

だが闇の中でも、からすには見えていた。

からす「……さくら君!掴んで!」

からすは、光の糸で編んだロープを、さくらがいた方向へ向かって、全力で投げた。

さくらはそれを掴んだ。

片手でロープを握りしめる。

もう片方の手は

イフクーンの手を、しっかりと繋いでいた。

さくらは、片手でロープを、必死に手繰り寄せようとしていた。

しかし、片手では難しい、衝撃の中で、うまく力が入らない。

さくら「からす!掴めたから……引っ張ってくれ!!」

叫んだ。しかし、返事はない。

風が強すぎるのか、声が届かない。

お互いの声が、聞こえない。

何も見えない。

さくらがふと、ロープを見た。

明らかに、さっきより細くなっている。

怒りの風のせいで、ロープの表面が削られているのが見えた。光がはがれ落ちて、このままじゃ……ちぎれる。

からすと繋がっている、唯一の希望なのに……!!!

からすに会えなくなる、星にも、宇宙にも戻れなくなる。死ぬよりも恐ろしい暗闇がきっと待ち受けている。

焦りと恐怖と、それでも諦めたくない気持ちが入り混じる。

その時……

イフクーン「さくら、ワタクシの手を放しなさい!!

両手を使えば、モニターまで行けるでしょう!?

ワタクシを手に入れれば、コメットは満足するはずです。さぁ、早く!!」

イフクーンの目は、必死に感情を押し殺しているようにも見える。

さくらは、歯を食いしばりながら首を振る。

さくら「で、できねぇよ!そんなこと!!

そんなこと……俺が、イフクーンに引き金を引くのと同じことだろ!?

俺は……もう、誰の大切なものを奪いたくねぇんだよ!!

優しい俺でいたいんだよ!!」

イフクーンは目を見開き、信じられないというように眉を吊り上げる。

苛立ち、声を荒げていた。

さくらは、イフクーンを睨んだ。

その目には、深い悲しみと優しさが、燃えるように宿っている。

さくら「お前は悪人だけど!!でも、お前が消えたら、クロサキが悲しむかもしれないだろ!?

これから改心して、罪を償って、生きてくつもりなら……やっぱり、見捨てるなんて、俺には……できねぇ、できねぇよ!!」

イフクーン「わ、ワタクシは、暗黒の力で、コメットの心を何度も砕いた。心も体も、傷つけた。

カチョーロチロムの故郷を滅ぼしたのもワタクシなんですよ!?

カチョ―ロチロムの悲しみは、ずっとずっと、癒えることはないでしょう。

ことおが破壊に取り憑かれたきっかけもワタクシ。

からすの母親と父親の命も奪った。

故郷も、未来も……全部、ワタクシが壊した。」

さくら「それでも……ッそれでも……!!

俺がころすみたいじゃねぇか。

そんなの、怖い‥…。

……できない。

やっぱり、手を離すなんてできない!!!」

目の奥を赤くして、イフクーンを見つめる。

ロープはどんどん細くなる。

イフクーン「ワタクシが心を入れ替えても、

行動を改めても……

からすとワタクシが許し合い、

分かり合うなんて、ありえない。

ワタクシがこの宇宙にいる限り、

からすはきっとずっと

悲しみ続ける。

……そして

その憎しみを

隠し続けるのです。」

その時…‥何者かの手が現れた。

その手は、さくらとイフクーンの手に触れた。

さくらは触れられた時、その体温の冷たさに少しだけ驚いて、時が止まったように感じた。

その手、からすの手は……さくらとイフクーンの繋いでいた手を、はたくように叩き、強引に振りほどいた。

さくら「な!?!?!?」

一瞬で飲み込まれて……イフクーンは闇の中へと消えた。

さくらはとっさに両手で光のロープを掴んだ。

その瞬間、さっきまで空間を引き裂いていた暴風も、どこまでも続く闇も消えた。

まるで、すべてはこの瞬間のために巻き起こっていたかのように……静けさが広がった。

闇が少しずつ照らされ、辺りが明るくなっていく。

身体が揺れ、指が震え、戸惑いと安心の汗が額を伝う。さくらが顔をあげた。

そのすぐ隣には、からすがいた。

からすも、さくらと同じように光のロープを掴んでいた。

もう一本、新しく編まれたそのロープは、時空のモニターの向こう側、帰るべき場所へと繋がっている。

乱れた髪、顔に汗をにじませながら……からすは、ふっと、静かに微笑んだ。

からす「……ほら。帰ろう、さくら君。」

まるで、何事もなかったかのように。

その声も、表情も、いつもと変わらない。

しかし、からすの瞳は違っていた。

ギラギラと燃えるような、バーミリオンの輝き。

その輝きを見た瞬間、さくらは気づいた。

怒りの風は、コメットではなく、からすが吹かせた風だったのだと。

からすは、ずっとずっと、怒っていたんだ。

ずっとずっと……。

モニターは真っ暗だ、誰も見ていない、誰も知らない。

……だから。だから、これでいいんだ。

さくらの心にはイフクーンの「からすはきっとずっと悲しみ続ける。そして、その憎しみを隠し続けるのです」という言葉がが引っかかっていた。

さくら(俺の前では、隠さなくていいんだ。)

さくらは、微笑み返した。

さくら「……うん。からす、帰ろう。俺たちの宇宙に。」

ふたりは、光のロープを辿り始めた。

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